One and One

想いの距離

 あの日のことを今でも思い出せる。
 不思議な霧が周囲を包む世界で、それでも草花や木々は鮮やかに色づいていてわたしの頬を撫でる風はとても優しかった。帰ってきたんだ、と強く実感する風景に息を深く吸う。
 古の森バルテッサからゼー・メルーズへの帰り道、エッジに手を引かれながらわたしは行方不明になっていたことやウロボロスの戦いから一年が経過していることを伝えられる。あの白い空間にいたせいか時間がそんなに流れているなんて実感がなかったけれど、少しだけやつれたようなエッジの様子に彼の言っていることが真実なのだと思い知らされる。
 あんな命を投げ出すかのような──実際、そうなのだけれど──ことをしたわたしをエッジは一体どんな思いで見ていたのだろう。ボロボロになりながらも何度もウロボロスに立ち向かってくれたエッジに傷ついてほしくない一心でわたしは力を使った。けれどもそれは逆にエッジの心に傷を残すことになってしまったのかもしれない。
 ぎゅっと強く握られた手がまるでエッジの不安を表しているようでわたしは胸に走った小さな痛みに思わず立ち止まる。
「どうした、イリス。どこか痛いのか?」
「ううん、違うよ。平気……」
 立ち止まってしまったわたしの顔を覗き込むようにエッジも足を止め、眉を顰めながら心配そうに見つめてくる。その表情はわたしが初めてミストルースの仕事を受けたときや難しい調合をするときによく見ていたものだった。その後、わたしが問題なくミストルースの仕事をこなしたときや調合が上手くいって喜んでいるとエッジはきまって穏やかに笑う。わたしはその笑顔が好きで、だからその笑顔を守りたくて、そのために命をかけた。
 わたしが命をかけても守りたかった人が、今、目の前にいる。
「イリス!?」
「え、あ、あれ……? どうして、わたし……」
 エッジの焦ったような声でわたしは我に返り、涙が頬を伝っていることに気づく。次々と零れていく涙を止めるためにエッジと繋いでいた手を離し、胸に手を当てながらぎゅっと瞼を閉じる。涙が出るほどに痛いわけでも悲しいわけでもないのに雫は一向に止まらず、焦っているエッジをさらに困らせてしまった。
 大丈夫か、やはりどこか痛いのか、などと心配してくれるエッジにわたしは胸がいっぱいで上手く話せない。それでも涙で滲む視界のなかでしっかりとエッジを見つめて、少しずつ話し始める。
「本当になんでもないよ?」
「だが……」
「痛いとか、どこか身体が変なわけでもないの。ただ……そう、たぶん、嬉しいんだと思う」
「嬉しい?」
「うん。帰って来たんだなって。そして、こうしてエッジと一緒にいられることがすごく嬉しいって心の底から思ったの」
「──イリス」
「ただいま、エッジ」
 わたしはエッジの不安そうな表情が安らぐことを願って笑顔を浮かべる。言葉よりもその方が雄弁に伝わると思ったからだ。だけどエッジは涙を堪えるかのように顔を歪め、唇を噛みしめる。
 わたしはその表情に見覚えがあった。エッジがウロボロスに何度も立ち向かったときに見たもので、辛いのを我慢しているときの表情だ。つきん、とまたしても胸に痛みが走る。エッジの辛い表情を見ていられなくてそっと彼の頬に手を伸ばしたその瞬間、わたしは彼の強い腕に抱きしめられていた。
 痛みが消えうせ、呼吸が止まる。はっきりと理解できるのはエッジの鼓動の早さだった。
 ──ううん、きっとわたしも同じくらいに心臓が早鐘を打っていて、二人の鼓動が一体化しているかのよう。なにも考えられない、まるで時間が止まってしまったかのような感覚のなか、それでもエッジの体温がわたしに安らぎを与えてくれていた。
 固まってしまったわたしの腰にエッジは手を回し、胸板に押しつけられるかのように引き寄せられる。エッジの首元にあるプレートが伝えてくる金属特有の冷たさを感じたことで我に返ったわたしはおそるおそる彼の背中に手を回した。急に抱きしめられて戸惑いはあったけれど、それ以上にわたしを抱きしめたまま身体を震わせるエッジを安心させてあげたかったから。
 エッジの肩甲骨の周辺をゆっくりと撫でると彼の身体の輪郭が直に伝わってくる。硬さや体格もわたしとは全然違う引きしまった身体はエッジが男性であることを実感させて、少しだけ息を飲む。
 男の人に抱きしめられているんだ、と理解してしまえば相手がエッジだとしてもわたしの胸は途端に早く脈打つ。エッジは家族なのに、でも、男の人で。自分の感情に整理がつかず、焦ったようにエッジの名前を呼んだ。
「エ、エッジ……」
「イリス」
「は、はい」
「イリスが帰ってきたら言いたかったことがあるんだ。聞いてくれるか」
「……うん」
 抱きしめられる力がぎゅっと強くなる。わたしはエッジに全身を預けながら彼の言葉を待った。
「俺は、イリスのことが好きだ」
「──わたし、も」
 エッジの告白を聞いて、わたしは考えるよりも先に言葉が出ていた。そのことに自分のことながら驚いてしまったけれど、でもそれと同時に渦巻いていた感情が嘘のように静まりを見せる。
 ああ、そっかと全てが腑に落ちた。わたしの心は自覚していなかっただけでずっとエッジのことを世界で一番大切な人だとわかっていたんだ。ウロボロスの戦いのとき、エッジが傷だらけになってもわたしを守るために立ち向かってくれたように、わたしも彼を守りたかったから命を賭した。
 生きて帰ってくることが出来て良かった。心の底からそう実感したわたしの頬を涙が伝うが、それでもわたしは震える唇をゆっくりと動かして笑顔を浮かべる。
「わたしも、あなたのことが好きです」
 今度ははっきりと自分の意志で想いを言葉にする。わたしの告白を聞いたエッジは抱きしめる力を強くして、二人の身体はさらに密着した。緊張と恥ずかしさと、そして泣きたくなるほどの幸福感に心の高鳴りが止まらない。互いの体温が混ざり合って触れているところからまるで一つになっていくような感覚がたまらなく愛しく思えて、わたしも抱きしめる力を強くする。
 いつまでそうしていたのかはわからないけれど、ふとエッジが片方の手でわたしの髪に触れた。それに誘われるようにわたしはエッジの胸板から顔を上げて、そして彼と視線が交わる。泣いているエッジを見るのはこれが初めてで、でも彼は穏やかに笑っていたからわたしの瞳から涙が止まることはない。
 イリス、と呼んだエッジの声は震えており、わたしはしゃくり上げる声を我慢することで精いっぱいになりながらも彼の名前を呼んだ。
 エッジは髪を撫でていた手でわたしの涙を拭う。わたしもエッジの涙を拭ってあげたくて背中に回していた両手で彼の頬に触れる。それから気づけば視線を交わしたまま互いに顔を近づけていく。本で読んだようにこういうときの知識はわたしも持っていたけれど、そのときのわたしはそんな知識を全く思い返さずにただただ自然に瞳を閉じていた。互いの吐息が感じるほどの距離で、エッジは一瞬だけ動きを止める。
「好きだ」
 囁くような、だけど愛しさに溢れた言葉がわたしの耳に届く。そして、同時に唇に感じる柔らかな弾力。
 これがわたしの初めてのキスの記憶。
 そして、エッジと恋人になった記念の日。

「それで、私に惚気話を聞かせるために店に来たの? 帰ってくれない?」
「ええ!? だ、だってエアが話せって言ったから……」
「私は相談があるって言うから聞いたの。あんたたちの馴れ初めを聞いたわけじゃないわよ」
 エアはカウンターに頬杖をついたまま片方の手でわたしの額を指で弾く。走った痛みにわたしは半ば涙を浮かべながら小さく呻いた。エアは溜息を吐きながら、お店を開けても良い? と呆れたように言うのでわたしは首をぶんぶんと横に振る。
「ダ、ダメだよ! わたしが言うことじゃないのはわかっているけど、でもダメなの!」
「ならさっさと話してくれない? 私はあんたと違って忙しいの」
「……いつも暇だって言っているのに」
 ボソリと呟いた言葉が聞こえたのかエアの指がまた額に伸びてきて、わたしは両手で額を隠しながら口を開き、そして閉じる。そんな風に躊躇しているわたしの様子を見てエアも先ほどまでとは違い心配したようにこちらを見つめていた。
 そしてわたしはエアの視線を受けながらも未だに口を開けずにいる。エアに無理を言ってお店を一時的に閉めてもらい、二人きりで相談したいことがあると言ったのに。アレを見たとき、わたしは冷静ではなかったから助けを求めるようにエアのところへ走ったけれど、今にして思えばエッジに内緒で他人に打ち明けても良いのだろうかという当たり前の疑問も浮かんでくる。
 だけどわたしはもう一人では抱えきれそうになくて、意を決してエアの耳元に顔を寄せて口を開いた。
「あ、あのね……今朝、家を掃除していたら、その……」
 わたしが口ごもっている間もエアは黙って聞いてくれている。幼馴染であるエアの優しさに温かい気持ちになりながらもわたしは羞恥に悶えつつ最後まで言い放つ。
「お、女の人の裸しか載っていない、え、えっちな本があったの!」
「はあ?」
 エアが呆れ返った声を上げたことにもわたしは気づかず、羞恥を誤魔化すように口早に今朝の出来事を話す。
 今朝、わたしはミストルースの仕事に向かうエッジを見送ったの。途中で合流したネルちゃんに手を振り返しながら、わたしも依頼品の調合のために工房へ戻ったの。依頼自体は簡単な調合でそれほど時間をかけずに終えることが出来たけれど、少しだけ煤が舞ってしまったからいっそのこと部屋中を片付けようと掃除を始めたんだ。エアは知っていると思うけど、錬金窯の隣に本棚があるよね? そこにも煤が付いていたから払ってみたら……。
「それでエロ本を見つけたってわけ?」
「う、うん……」
 わたしの話を一通り聞いたエアは深く長い溜息を吐き、ドアを指さす。
「帰ってくれない?」
「ええ!? ど、どうして?!」
「結局あんたたちの惚気に繋がりそうだからよ。そもそも今更エロ本を見つけたからって騒ぐことないでしょ、恋人同士なんだから」
「…………そ、そうなんだけど、でも……」
「でも?」
「…………でも、わたし、エッジと“そういうこと”したことない、から……」
「ない、って……あんたたちが二人そろって街に帰ってきてからもう一年近く経つのに?」
 エアの問いにわたしは黙って首を縦に振る。意気消沈したわたしを見てエアは自身の額を押さえながら「頭が痛い」と呟く。その様子に申し訳なさを覚えながら、わたしはこれまで一人で抱えていたものを初めて打ち明けることが出来たことに少しだけ心が軽くなっていた。
 そう、わたしの一番の悩みはえっちな本を見つけたことではない。もちろんエッジがそういう本を持っていたことには驚いたのだけれど、彼の年齢を考えればなにも問題はないことで。わたしが一番悩んでいたのはエッジがそういうことに興味を持っているとして、それじゃあどうして恋人のわたしに触れて来ないんだろう、と思ってしまったことだった。本を持っている以上興味がないわけではないと思うのに、わたしとエッジの恋人の触れ合いはまだキスどまり。
 もしかしたら、エッジは……。
「先に言っておくけど、あいつがあんたをそういう目で見てないってことはないと思うわよ」
「え、ええ!? わ、わたし、まだなにも言ってないよ!?」
「あんたの考えそうなことなんてお見通しよ」
 ぺちん、と額を叩かれる。エアは仕方ないという表情をしながら、深く息を吐いた。
「あんたが気にするかと思って本当は黙っておくつもりだったけど、このままあんたたちが拗れるほうが面倒だから言うわね」
 エアはわたしに視線を向けながら、けれどどこか遠くを見ているような瞳のまま話を続ける。それはわたしが知らなかった、わたしがいないときのエッジの様子だった。
 まるで生きた屍だったとエアは言う。死んではいない、ただ生きているだけだったと。話しかけられれば返事はするが、どこかおざなりで、いつかふっと消えてしまうのではないかという雰囲気を纏っていた。いなくなってしまった現実を認められないとばかりにわたしの話題を口に出すのを避けていたという。工房から出て来なかった日もあったと語るエアは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「正直、私はあんたが帰ってくるまで良く我慢していたと思ったわね。いつふらっといなくなるかわかったもんじゃなかったもの」
「そんな……わたし、全然知らなかった……」
「そりゃあ誰もあんたには言わないわよ、わざわざ地雷を踏むようなものじゃない。あいつだって言いたくないでしょうし」
「でも! わたしは、言ってほしかった……」
 思わず声を張り上げ、痛む胸の前で両手を押さえるわたしにエアは言う。
「それは、あいつもでしょ」
「え……」
「あいつも、あんたが抱えていたものを言ってほしかったって思ってたんじゃないの? 私だって、あんたがいなくなる前に話してほしかったわよ」
「あ……」
「まあそれは別にどうでも良いわ、本題じゃないもの。あんたを失って生きた屍みたいだった男が好きだって告白して、キスまでしたんでしょ? これで恋愛感情がないって誰が信じるのよ」
「でも、だったらどうして……」
「さあ? 私はあいつじゃないもの。だから、話し合えば良いじゃない。あんたたちはもう知っているはずでしょ、互いの気持ちを確かめることの大切さを」
「エア……」
 滅多に浮かべることのないエアの穏やかな微笑みにわたしは胸がぎゅっとしめつけられて衝動のまま彼女に抱きつく。エアは口ではわたしを邪険にするけれど決して振りほどこうとはしなかった。それがわたしに対するエアの想いの表れのようで自然と目に涙が浮かぶ。
 エッジのことは初耳で驚いたけれど、でもそんな彼を見ていたエアもきっと辛かったはずなのにわたしは気づくことも出来なかった。ごめんねとともにありがとうと呟けばエアはわたしの背中を優しく撫でる。
「良いわよ、別に。あんたはもう帰って来たんだもの」
「……うん。でも、やっぱりエアに相談して良かった。ちゃんとエッジと話し合ってみるね。今までのこと、そしてこれからのこと」
「そうね。それで私にいい考えがあるんだけど」
「え、ひゃああっ!」
 そう言ったエアは背中を撫でていた手を前に回し、わたしの胸を持ち上げる。驚いたわたしは変な声を上げながら飛び上がるように後ずさりをしてエアから離れた。エアは満面の笑み──これは、怒っているときの笑顔だ──を見せている。
「三万コールよこしなさい」
「え、な、なんで!?」
「端数はおまけで私が出してあげるから。さっさとサイフを出しなさい」
「そ、相談料にしては高いよ!?」
「違うわよ、バカ。私があんたたちの問題を解決する商品を買ってきてあげるって言ってるの。サイズも問題ないみたいだしね」
「え、ええ……?」
 どうして胸を触られたのか、どうして三万コールを請求されているのかわからなくて首を傾げることばかりだったが、有無を言わせないエアの迫力にわたしは黙ってお金を渡すしかなかったのだった。
 エッジになんて言おう、と困っているわたしを横目にエアは少し出かけてくると止める間もなく外へ出て行ってしまう。残されたわたしは大人しく待っているしかなく、数十分後に戻って来たエアに紙袋を渡されるまで店内でただ立ち尽くしていたのだった。

 時刻は夜。もうすぐエッジが帰ってくる時間だとわたしはソファーに座りながら落ち着かない気持ちのまま彼を待っていた。身体がどことなくさわさわと騒がしいような感覚がするのは、おそらくきっと日中の出来事のせい。
 朝に見つけたえっちな本は元の場所に戻してあるけれど、本の表紙を思い出したわたしはそっと自分の胸に触れる。胸の大きさはあまり違いがないように思えるけれど、彼女のように色っぽさが感じられないのはどうしてなのだろう。だからエッジも“そういうこと”をわたしにしないのかなぁ、と一瞬よぎった考えに頭を振った。
 問題というほどのものではないけれど、その問題を解決するために恥を忍んでエアに相談してアドバイスをもらったのだからなんとしても話し合わないと! そう意気込んだわたしはこぶしを肩のあたりでかかげながら、ふと思う。
 あれ、でもそれってエアにわたしとエッジが恋人同士の触れ合いをするって言ったようなもので────。
「イリス」
「ひゃあああぁああっ!? わ、あ、あっ!?」
 意識の外から投げかけられた声にわたしは驚き肩を飛び跳ねさせた。勢いよく振り返れば目をぱちくりと開いて驚いているエッジの姿がある。先ほどまで考えていたことをエッジが知るはずもないのにオックスブラッドの瞳に見つめられると全てを見透かされているみたいで、わたしの頬は火がついたように熱くなってしまう。
「お、おかえりなさい!」
 裏返った声は動揺していますと教えているようなもので、案の定エッジは微かに眉を顰めて周囲を探るように視線を向ける。わたし、錬金窯、本棚、テーブルを見渡してからエッジはハッと顔色を変えてわたしの肩を掴んだ。
「まさか、夕飯にぷにぷに玉を使ったのか?」
「え?」
「焼いたか? 茹でたか? 試すのは良い、だけど生はやめてくれ……!」
 エッジの悲痛な声を聞きながらわたしはどうして急にぷにぷに玉の話題を出されたのかわからず困惑する。クエスチョンマークが頭に浮かんでいるわたしはエッジが慌てる直前まで視線を向けていたテーブルを見た。そこにはいつものようにわたしが用意した夕飯──以前は包丁もほとんど使ったことがなかったわたしだけど、エッジと恋人になってからは料理も勉強したのだ──が並んでいるだけだ。
 いつもの変わらない日常なのに、と思ったわたしの脳裏に昔の記憶が蘇る。あ、と無意識に声が漏れてからわたしは先ほどまでとは別の意味で頬を赤くした。
「い、いつの話をしてるの! わたしだって成長してるんだから! ぷにぷに玉は使ってないもん!」
 必死になって否定しているわたしの姿にエッジはあからさまに胸を撫で下ろした様子を見せる。確かに昔、疲れがたまって体調を崩したエッジに生のぷにぷに玉を飲ませてしまったことはあるけれど、今のわたしはもう何度も料理をしているのだからそんな間違いを起こすことは、きっと、あんまり、ない。
 失礼なことを言うエッジの胸板をぽかぽかと叩きつつわたしは頬を膨らませる。
「すまない、イリスがまた変な実験をしたのかと……」
「エッジひどい! わたしだって成長しているんだからね!」
「そうだよな、イリスだって成長したんだ。ぷにぷに玉もヤドクタケも料理に使ったりするはずがない」
「え、ヤドクタケって料理に使っちゃいけないの?」
「え?」
「え?」
 わたしとエッジは顔を見合わせる。
 二人の間に沈黙が舞い降り、わたしは自分の失言を誤魔化すように笑顔を浮かべた。それを見たエッジは深い溜息を吐き、肩を掴んだまま「次の料理は俺がつくる」と悲痛な声色で呟く。わたしはただ首を縦に振りながらこれまでにつくってきたヤドクタケを使ったレシピを封印しようと心に決めたのだった。
 そんな小さなハプニングがあったおかげでわたしの緊張は少しほぐれたのか、いつものように今日の依頼がどんなものだったのか、ネルちゃんの様子などを聞きながら楽しく夕飯を囲む。その後シャワーを浴びに席を立ったエッジが戻ってくる前にわたしはお片づけを済ませ、奇麗になったテーブルに“例の本”を置いた。エッジが見たらどんな行動をするのかがわからなくて不安を抱えながらも話し合いをするんだと自分を鼓舞する。大丈夫、だってわたしとエッジは恋人なんだから。
「イリス、なにをして……」
「ひゃあ!」
 思考に夢中になっていたせいかエッジの足音にも気づかなかったわたしは声をかけられて一時間前と似たような驚き方をしてしまう。そんなわたしの様子を見てエッジはまたしても眉を顰めていく。先ほどはぷにぷに玉というエッジのトラウマのおかげで誤魔化すことが出来たけれど、二度目は彼も不審に思ったのだろう。髪から水滴が落ちるのもエッジは気にも留めないでわたしの隣に立ち、テーブルの上に置いていた手を掴む。
 シャワーを浴びたばかりでいつもよりも熱が籠っている手に触れられてわたしははっと息を飲んだ。手を繋いだことなんてそれこそ数えきれないほどあるのに、なぜだか今夜は胸がドキドキしてしまう。エッジの体温がじわりじわりとわたしに移っていくように手の先から頬へと身体が熱くなる。
 エッジの顔を見つめることが出来なくて黙って俯いてしまったわたしにエッジは真剣な声色で言う。
「イリス、なにかあったのか? ……あ」
 不自然に途切れた言葉にわたしは思わず顔を上げる。エッジはわたしを見ておらず、彼の視線の先を辿るとテーブルの上に置いてある“例の本”が視界に入った。
 わたしが見たことに気づいたエッジは勢いよくこちらに顔を向けて「見たのか!」と珍しく焦ったように声を上げる。エッジは自らの髪から水滴が飛んだことにも気づかないほど慌てていてわたしはそんな彼の様子に気圧されたようにただ首を縦に振った。
「……すまない」
「え? どうして謝るの?」
「見ていて気持ちの良いものじゃないだろう。ユアンがなにかしているとはわかっていたが、こんなものを隠していたとは知らなかった」
「じゃああれはエッジの本じゃないの?」
 そうだ、と頷くエッジは噓を吐いているようには思えない。エッジは言葉数が少ない代わりに嘘を吐くことは滅多にないから、きっと本当のことなんだろう。どうしてユアンさんがわたしたちのアトリエにえっちな本を隠したのかはわからないけれど、静かに怒っているエッジを見てわたしは藪をつつくような真似はしなかった。
 その代わりにわたしの口から出てきた言葉は、ひどく残念そうな声色をしていた。
「そっか、エッジの本じゃなかったんだ……。じゃあやっぱり、エッジは“そういうこと”に興味がないの?」
 わたしの言葉にエッジは唖然とした表情でこちらをまじまじと見つめている。小さく開いた口がぱくぱくと開閉を繰り返す様子はお魚を彷彿させて、わたしは少しだけ笑ってしまった。
 驚いた拍子に──そんなに驚くようなことを言ったとは思わないのだけれど──ユアンさんへの怒りを忘れたのか、エッジは頬を指で搔きながらわたしから視線を逸らしつつも口ごもりながら否定の言葉を放つ。
「じゃあ、興味あるんだね!」
「……イリス、怒っているのか?」
「え、どうして?」
「……いや、なんでもない。そうだな、イリスのことだから純粋に聞いているだけだろうな……」
「エッジ? どうしたの? わたし、聞いちゃいけなかった?」
 深い溜息を一つ零しながらもエッジは困った顔のまま口角を上げ、わたしの頭を撫でる。もう寝よう、と言い出したエッジはわたしの横を通り過ぎようとしていて、握られていた手が離れていく。誤魔化された、とわかった。
 エッジの熱が去ってしまう。触れている箇所が少なくなっていくと同時に胸のざわめきが大きくなって、わたしは咄嗟にエッジの指先を握り返した。
「やだ、ダメ。行かないで」
 わたしが引っ張ったことによりエッジはその場で足踏みをして、それから心配そうにこちらを見た。
 わたしも自分の行動がいつもと違うものだと理解しているからエッジが心配そうに見つめてくるのは仕方のないことだと思う。でもわたしはわたしで、昼間にエアから聞いた言葉を思い出してエッジに対して懸念を抱いていた。
 わたしがいなくなった後、死んだように生きていたエッジ。そんなこと全然知らなくて、教えてもくれなくて、そしてわたしは気づかなかった。エアから聞かなければわたしはずっと知らないままでいて、それはエッジにとっては望んだことだったかもしれないけれど、そんなのわたしはいやだ。だってそれは、きっと悲しいことだから。今のようになにかを誤魔化して、隠してしまうエッジ。その理由をわたしは知りたい。
 だってエッジは、わたしの好きな人だから。
「ちゃんと答えて。エッジは“そういうこと”をわたしにしたいと思っているの?」
 エッジの呼吸が一瞬だけ止まり、彼はその場に立ち竦む。言葉にならなかった変な音がエッジの喉から出て、瞬きさえ忘れた瞳は大きく開かれていた。わたしは一歩だけ前に進み、エッジとの距離を詰める。
 声に出した以上もう取り消すことは出来なくて、わたしの心臓はうるさいくらいに早鐘を打っていた。緊張で口のなかが乾いて次の言葉が上手く喋れない。繋いでいた手はじんわりと汗をかいていて、それがエッジにバレていないかが不安だった。
「イリス、俺は……」
 エッジは視線を彷徨わせ、それからなにかを決意したかのようにわたしを真っすぐに見つめた。
「俺は、イリスに“そういうこと”をしたいと思っている。……逆に聞くが、イリスはどう思っているんだ?」
「え、わたし?」
「“そういうこと”がどういうことなのか、本当に理解しているのか?」
 そう言ったエッジは私の手を引っ張って自らの胸元に引き寄せる。掴まれた手首はまるで手錠をかけられたかのようにほどくことはもちろん、動かすことも出来なかった。わたしの胸がエッジの胸板に押し潰されて歪む痛さに声を上げても彼は離そうとはせず、それどころかもう片方の手がわたしの腰を掴むことでさらに身体が密着してしまう。オックスブラッド色の瞳にはただただわたしだけが映っている。互いの呼吸が混ざり合ってしまうほどの距離で見つめあっている状態でわたしの胸中をかすめたのはほんの少しの恐怖だった。一切の身動きを取れない状況は歴然と力の差を思い知らされ、わたしとエッジ──男と女のはっきりとした違いを浮かび上がらせる。
 ひくり、と喉が震えて声が出ないわたしは無意識に震える身体を誤魔化すことは出来なくて、それを見たエッジはふっと困ったように表情を変えた。
「……ほら、わかっていない」
 エッジはなにごともなかったかのように身体を離し、一歩後ずさることでわたしから距離を取る。両手を上げてこれ以上なにもしないとアピールしながらエッジは弱々しい笑顔を浮かべていた。わたしはその表情を見て、また傷つけてしまった、と思った。もう助からないとわかっていても先に進んだときやウロボロスとの戦いでもういいと諦めたときみたいに、わたしが選ぶ道はいつも彼を傷つけてばかり。
 胸がぎゅっとしめつけられたかのように苦しい。涙も浮かんできて、わたしはそれを零さないように必死で耐えた。涙が出るのはエッジが怖かったからじゃない、ただ自分が情けなくて、悔しくて仕方がなかった。エッジを傷つけたことや、気づかなかったこと、“そういったこと”に対しての見通しの甘さに唇を噛む。
 だけど、反省をするのは今じゃないということだけはわたしにもわかる。今のわたしがしなきゃいけないこと、したいことはたった一つだけ。
 わたしは離れたエッジに向かって勢いよく走り出した。距離はたったの数歩で、走ったというよりは全身でぶつかっていったという方が正しいのかもしれない。エッジが避けるよりも先にわたしは彼の背中に手を回してしがみつく。勢いが強すぎたせいかエッジは少しよろめき、わたしの目尻からは堪えきれなかった涙が零れた。
「イリス、すまない。怖かったか?」
 エッジの言葉に首を横に振り、わたしは胸に顔をうずめながら視線を彼に向ける。
 わたしの心臓はどくんどくんとすごく早く脈打っているけれど、触れているところから感じるエッジの鼓動もわたしと同じくらいのスピードで動いている。エッジも緊張しているのだと知って、わたしの口から自然と言葉が零れた。
「ごめんなさい」
「イリス?」
「エッジが怖かったわけじゃないの」
 でも知らない男の人みたいで、と続けたわたしの言葉に一瞬だけエッジの身体が震えた。わたしはそれに対して背中に回した腕の力を強くする。エッジが離れていかないように、言いたいことを最後まで伝えるために。
「それに、わたしがいなかったときにエッジが死んだように生きていたって、わたし全然気づかなくて。今も昔もエッジのこと傷つけてばかりで、ごめんね……」
「……聞いたのか」
「エアが教えてくれたの。……わたしが、エッジと“そういうこと”をしてないって悩んでいたから」
 悩んでいたことを吐露するのはすごく恥ずかしくて、鏡を見なくても顔が真っ赤に染まっているとわかるほどに熱が集まっていく。けれど、想いを伝える大切さや言葉を交わすことの大事さを今のわたしは知っているから、だから言わなきゃいけない。
「エッジの本だと思ったから、“そういうこと”に興味があるのかなって思ったの。でも、わたしとエッジはまだキスまでしかしてないから、“そういう意味”でわたしに触れたくないのかな、って……。でも、違ったんだね」
 エッジが短く息を吸い込む。なんだか今日のエッジはずっと驚いてばかりで、そう思うと少しだけ面白くてわたしの緊張がちょっぴりほぐれていく。
「わたし……わたしは、エッジに触れてほしい。エッジと恋人だから出来ることがしたい。あなたのことを知りたい、あなたが思ってきたこと、傷ついてきたことを、全部教えて欲しい」
 “そういうこと”がわたしにとっては未知のことで、見通しが甘かったのは事実だけれども、でも紛れもない本心だった。エッジのことを一番知っているのはわたしでありたくて、わたしのことを一番知っていて欲しいのは恋人であるエッジだけだから。
「……イリス」
 エッジの角ばった長い指がわたしの髪先を掬い、そのまま顎から頬を滑りながら後頭部へ伸びた手が髪留めを外す。留まっていた髪がわたしの項を擽るのと同時にエッジは髪留めをテーブルの上に置いた。
 それからエッジはわたしをぎゅっと抱きしめた。ふわりと香る石鹸の匂いとエッジの体温に胸のどきどきは止まらなくて、でも耳に届く彼の鼓動の早さにわたしと同じなんだと嬉しさを覚える。
 さっきみたいに抱きしめられても今度は恐怖なんて感じなくて、それどころか安心感に満たされていく。
「……俺は、イリスに傷つけられたことなんてない」
 水面に滴を落とすかのようにエッジは慎重に言葉を零す。わたしはそれを黙って聞いていた。
「確かに、イリスが助からないことを聞かされたときやウロボロスを説得出来ずにイリスを失ったことはもう二度と思い出したくない。だけど、それはイリスに傷つけられたからじゃない」
 言葉に詰まったエッジを見上げれば彼の瞳が涙で濡れていて、けれどその雫が落ちてくることはなかった。眉を顰めて我慢している姿がわたしにはとても痛々しく見えてエッジの両頬に手を伸ばす。エッジはその手に自身の指を絡ませ、言葉を続けた。
「イリスを守れなかったことや一人で悩んで辛い思いをしていたときに気づけなかったのが情けなかった。ずっと傍にいたのに、悔しかった」
「そんなことない!」
「だが、結果的には守れなかった。こうしてイリスが帰って来たのは、イリスがウロボロスに自分の想いを伝えたからだ。俺は、イリスに守られてばかりでなにも出来なかった」
 わたしは小さくエッジの名前を呼ぶ。エッジがなにも出来なかったなんて、そんなことないとどう伝えたらわかってくれるのだろう。傍にいてくれたことがなによりもわたしを守ってくれていたのに。
「エッジはわたしを守ってくれたよ? エッジが傍にいてくれたことが嬉しかった。戦いが好きじゃないのに、わたしを守るためにいっぱい戦ってくれたエッジがなにも出来なかったなんて、そんな風に思わないで」
「……なら、イリスも俺を傷つけたと思わないでくれ」
「あ……」
「好きな子に傷つけてばかりと誤解されるのは嫌だ」
 エッジはそう言って小さく笑い、わたしの手を握ったまま目を細めた。
「イリスを失ったあの日や、戦いの果てに感じた無力感もたくさんあった。でもそれはイリスに傷つけられたわけじゃなくて、イリスとともに歩んできた証だから、全部大切な過去なんだ」
 エッジの言葉にわたしは胸が温かくなって、彼の手をぎゅっと握り返した。
「わたし、エッジを傷つけていない?」
 おそるおそる訊ねた言葉にエッジは頷き、互いの額を合わせる。微笑んでいるエッジを見たわたしは自然と瞼を閉じた。そうするべきだと心がそう訴えるから。
 エッジは握っていた手を離してからわたしの後頭部を支えるように添え、震える吐息を感じたと思った瞬間には唇が触れ合った。
「ん、ふ、ぅ……」
 エッジの舌がわたしの唇を舐める。舌で触れられたことは初めてで少し肩が跳ねてしまったけれど、わたしは口を開いてエッジを受け入れた。生温かい舌はゆっくりと、だけど確実にわたしの口のなかに入ってきて今まで誰も触れていないところを舐め上げる。
「んんっ、ん、む、ぅ……っ」
 自分でも舐めたことのない場所をエッジの舌が触れると鼻にかかったような声が漏れ出てしまう。エッジの舌がわたしの逃げる舌に追いつき、先端を吸い上げる。同時にわたしの身体は大きく震え、お腹の奥がぎゅぅうとしめつけられるような感覚に必死で目の前の身体に縋りつく。
 酸素が不足しているように頭がくらくらと痺れていっても不思議と苦しさは感じず、それどころぽかぽかと身体が熱くなり心地良さを覚えていた。
 エッジの舌はまだ口のなかで動いていて、わたしはおそるおそる自ら舌を差し出す。するとエッジの舌が絡まり、じゅっ、といやらしい水音が耳に届いて思わず全身の力が抜ける。エッジが慌てて腰を支えてくれたおかけで転ぶことはなかったけれど、膝から下は全く力が入らなくて小鹿さんのように震えてしまう。
 脱力した拍子に目を開けてしまったせいでエッジの顔を視界に入れてしまい、彼の頬が赤くなっていることや唇が鈍く光っていることに気づく。それが二人の唾液のせいで濡れており、なおかつ自分も同じような状態だと悟ってしまった恥ずかしさに両手で顔を覆う。
「イリス、立てるか?」
 エッジの問いにわたしは黙って首を横に振った。今、エッジの顔を見ていられない。
 そうか、と答えたエッジは一瞬息を整えてから腰を支えた手はそのままにもう片方の手を両膝の裏に差し込んでわたしをお姫様のように抱きかかえる。急に不安定な体勢になったわたしはエッジに身体を密着させることで安定を図った。
 おずおずとエッジを見上げるわたしに、彼は二階へ行こうと言う。二階にあるもので真っ先に思いつくのはわたしのベッドで。つまりは“そういうこと”なのだと気づいてしまったわたしは怖さと期待がごちゃ混ぜになったままエッジの肩に顔をうずめながら小さく頷いたのだった。

 ベッドに丁寧に座らせられたわたしの隣にエッジが腰を落とす。これからのことを考えるとエッジの顔を見れなくて、でも傍にいたいと彼の腕にしがみつきながら必死にカーペットの模様に目を向けていた。エッジはふっと小さく笑いながらわたしの髪を指先で弄ぶ。こんな風な恋人同士の触れ合いは今までしたことがなくて、わたしは緊張で身体が固くなってしまう。
 そんななか、エッジはそういえばと口を開く。
「イリスがいない一年のことを隠していたわけじゃないんだ。ただ伝える気はなかった」
「どうして?」
 エッジに視線を向けると、彼は照れたように指で頬を掻いていた。
「……好きな子の前では格好つけたい、だろう」
 表情を柔らかく崩し、声色に恥ずかしさを隠しきれていないエッジにわたしは胸が高鳴る。エッジはいつも格好いいよ、と伝えるよりも先に「可愛い」という感想が口から零れた。こんなエッジを見るのは初めてで、もっと見ていたいと顔を近づけると彼はわたしの髪先を掬って唇を落とす。それだけでわたしの身体は固まり、エッジはそんなわたしの肩を掴んでゆっくりとベッドに押し倒す。
「……イリス、良いか?」
「……はい」
 エッジがわたしの項にある服の結び目をほどく。その後、服の裾を上に引っ張り上げて脱がそうとする動きにわたしは昼間の出来事をふと思い出した。慌ててエッジの手を押さえて彼の動きを制止する。
「エ、エッジ、ちょっと待って!」
「……やっぱり、怖いか?」
「う、ううん、違うの。あ、あのね、これはわたしの趣味じゃなくて、その、エアが着なさいって……」
 エッジはわたしの言っていることがあまり良くわかっていないようだった。はっきりとした言葉で伝えきれていないからそれは当然のことで、でも口にするのは恥ずかしくてわたしは思い切って自ら服に手をかける。上はもちろん、下のベルトを緩めてスカートを脱ぎ去った。わたしは下着とニーハイソックスだけを身に纏っているだけの姿になり、見られるのが恥ずかしくて枕で顔を隠す。
 そう、今現在わたしが身に着けている下着は昼間にエアが獣人街のよろず屋異界で買って来てくれたものだ。問題が解決するから着なさいと言われて渡されたこの下着をわたしはシャワーを浴びた後に身に着けたのだった。その後夕飯の支度やエッジとの会話ですっかり忘れていたけれど。
 この下着は胸を隠す部分が小さく下は紐を引っ張れば簡単に脱げてしまうようなもので心許ない部分が多く、わたしは枕を掴む力を強くした。
「こ、こんな大人っぽいもの似合わないってわかってるけど、でもせっかくエアが買って来てくれたものだから……」
「いや、良く似合ってる。可愛い」
「!!」
 枕をわたしの顔の横にどかしながら囁かれた言葉に目を大きく見開いた。ばっちりと視線が合ったエッジには柔和な笑みを浮かべており、わたしは頬がかっと熱くなる。目が逸らせないまま、いつもはこんなこと絶対に言わないし微笑むことだって少ないのに、とわたしは照れ隠しのようにぼやく。
「俺が思っていることを全部知りたいとイリスが言っただろう」
「そ、そうだけど! で、でもこんな、恥ずかしい……っ」
 エッジのばか、と八つ当たり気味に彼の胸元を軽く叩いてから、わたしはそっと両腕をシーツに降ろした。いつまでも隠しておくわけにはいかないし、恥ずかしいけれど可愛いと言われて嬉しかったから覚悟を決めたからだ。
 今、わたしの身体を遮るものはなく、下着姿をエッジに見られている。口から心臓が飛び出しそうなほど鼓動は早くて、瞳に涙が浮かんできた。エッジもまた緊張したように「触って良いか」と問いかけてきて、わたしは再度頷いた。
「あ……」
 エッジの手が下着越しにわたしの胸に触れる。最初は軽く、だけど次第に力を込めていく指が胸の形を変え、埋もれていくのをわたしはじっと見ていた。
 ぞわぞわむずむずと今まで感じたことのない感覚が背筋を走る。はあ、と漏れる呼気がなんだか甘く感じてわたしは手の甲で口を隠し、同時に内太腿を擦り合わせるように小さく膝を立てた。
 エッジの両手がわたしの胸をまるで持ち上げるように下から上へと揉みしだく。腋の付近にあるお肉も集めるみたいにエッジの手が動いて、わたしの胸が彼の手に合わせて揺れ動いている。
「あ、あ、あ……っ」
 エッジの手が動くたびにわたしの口から短い言葉が零れる。まるでお砂糖を焦がしたみたいな甘ったるい声なんて一度も出したことないのに、わたしの意志では止められなくて目尻から一筋の涙が流れた。
 外すぞ、とエッジがわたしの返事を待たずにブラに指をかける。これまでわたしの言葉を待っていてくれたのに、とエッジの顔を見れば赤く染まっていて額には汗が浮かんでいた。呼吸も早く乱れていてエッジも興奮しているんだとわたしにはっきりと示す。
「あ、ああ……っ、エッジ、すき……っ!」
 お腹の奥がぎゅぅう、としまるような感覚。エッジが好きだという気持ちが溢れて止まらなくて、衝動のまま想いを告げていた。
 エッジも掠れた声で俺も好きだ、と答えてくれた後に唇を重ねる。下唇を軽く食んでから入り込んできた舌がわたしのそれと絡みつく。混ざり合った唾液を互いに飲み込みながら、エッジは隠すものがなくなったわたしの胸の飾り──乳首を摘まんだ。
「んんっ、んっん、ん、ふ、ぁ……っ!」
 びりびりとした感覚に肩が跳ねる。わたしの声はエッジの口のなかに消えてくぐもっていたけれど今までよりも一際大きい音量だった。
 エッジはわたしの胸を揉みながらも二本の指で乳首を捏ねくり回し、そのたびに身体が勝手に動いてしまう。頭の奥が痺れる感覚にわたしの背が小さく反り、感覚を逃そうと足先がシーツを蹴り上げる。なのに身体全体から湧いてくる言いようのない感覚は強くなるばかりで、怖いくらいにわたしがわたしでなくなっていく。
「あ、あ、ああぁっ、エッジ、エッジ……っ、や、あ、んんっ!!」
 キスをやめてエッジの名前を呼びつつ彼の背中に手を回して縋りついた。キスを中断されたエッジはそのままわたしの耳元に唇を寄せて囁く。
「イリス」
「ひっ、い、あっあっあっ、ああぁあ────っっ!!」
 ただ名前を呼ばれただけなのにわたしは部屋に響くほどの声を上げた。そのときエッジに聞こえたかはわからなかったけど、足が空を蹴った拍子にわたしには下半身から湿った音が聞こえた。自分の身体のことだからわかってしまう。濡れている、と気づいた瞬間に全身が燃えてしまったかのように熱くなる。
 常に良くわからない感覚が襲ってくるのが気持ち良いということなのかわたしにはまだはっきりとわかっていないけれど、でもこれ以上ない幸福感がわたしを包み込んでいた。
 エッジは顔をわたしの胸に寄せ、そのまま乳首を口に含む。先ほどまでわたしの口のなかを縦横無尽に動いていた舌が乳首を舐め上げ、ぢゅっと音を立てながら吸われる。刹那、まるで雷が落ちてきたかのように脳天に強い衝撃が走り、頭のなかが真っ白になった。視界の端はちかちかと光り、声にならない音が口から堰を切る。
 わけがわからなくなって、自分の身体の感覚さえも掴めない状況にぼろぼろと涙が流れていく。そんなわたしを見てエッジは慌てながら一度身体を起こし、わたしを抱きしめた。
「大丈夫か、イリス。すまない、怖かったか?」
「ちが、違う……わ、わたし、わかんなくなって、ごめ、ごめんなさい」
「謝るのは俺の方だ。急ぎすぎたな。……今日はもう、ここまでにしよう」
「や、やだ! やめないで!」
 わたしの頭を撫でるエッジにしがみついていやいやと首を振る。怖かった部分もあるけれど、でもそれ以上にもっと触れて欲しいという気持ちが強くてわたしはぎゅっと力を込めた。エッジは少し逡巡した後、息を整えながら言う。
「イリス、怖くなったら正直に言えるか?」
「うん」
「それと、おそらくだが声を出した方が少しは気が紛れる、と思う」
「わ、わかった……。恥ずかしいけど、頑張るね。あ、でも一つお願いがあるの」
「なんだ?」
「あ、あの、もう胸、触っちゃだめ……。わたし、おかしくなっちゃう、から……だめ、かな?」
 エッジの喉からカエルさんを潰したような声が漏れ、彼は手のひらを額に当てて俯く。どうしたんだろうと顔を覗き込めばエッジは耳まで真っ赤に染まって、もの言いたげな瞳でわたしを見た。
「エ、エッジ? どうしたの?」
 溜息を吐いたエッジはわたしの頬にキスを落とし、それからわたしを後ろから抱きかかえるような体勢に変える。
「あまり煽るようなことは言わないでくれ。我慢出来なくなる」
 そう言ってエッジはわたしの内太腿に手を伸ばす。その間にわたしはエッジの言葉を反芻し、そこでようやく自分の発言がはしたない意味を持つものだったのだと気づいた。胸を触らないで、ということは残る場所は今まさにエッジが手を伸ばしている場所で。ともすればそこを早く触ってと言っているようなものだ。
 そういう意図で言ったわけじゃないと否定の声を上げたいのに、内太腿を滑る手がそれを許してくれない。
「あ、ん、んっ、ふ、ぅ、は……っ」
 後ろから抱きかかえられている体勢は包まれている安心感があるけれど、同時に自分が今なにをされているのか良くわかる体勢だ。エッジの男の人らしい手がわたしに触れているところも、その手が動くたびにわたしの足先がシーツに皺をつくるところも全て視界に入ってくる。今、エッジに抱かれているんだと実感してしまう。
「あっ、んんっ、エッジ……エッジ、ふっ、はぁ……んっ」
 エッジの手が足の付け根へと上ってくる。それから下着越しにわたしの大事なところへ触れた。くちゅっ、と聞こえた湿った水音にわたしは一気に恥ずかしくなって目を瞑りながら顔を逸らす。
「イリス、足を開けるか?」
 言葉では応えず、わたしは黙っておずおずと肩幅くらいまで足を左右に開く。それからエッジの指が割れ目をなぞるかのように上下にゆっくりと動いた。
「あ! あ、あん、んんんっ、や、ぁ……」
 今まで自分でも触れたことのない場所にエッジの指が触れている。恥ずかしいのに、でもわたしの心の奥では確かにこの状況に興奮をしていて、呼気が荒くなっていく。もっととねだるかのようにお腹が熱くなって、ひっきりなしにいやらしい声が上がる。
「ふ、ぅ、んんっん、あっあっ、ひぁゃ、あ! あ、あ、あ!」
 なぞる指が段々と早くなっていくにつれて水音が響く音も大きくなっていく。エッジは下着越しに割れ目の中心を押し込み、なかに入ろうとする動きを見せた。その衝撃でわたしの肩がびくりと跳ね、エッジの手を挟んだまま足が閉じようとする。
 目を開けるとエッジと視線が合い、つむじに唇を落とされた。それからエッジはわたしの膝に手をやり、閉じた足を開く。
「外すぞ」
「あ……っ、ん、ふ、ぅうう……」
 下着の紐を引っ張るといとも簡単にわたしの大事なところが露わになってしまう。そのときもいやらしい音が響き、わたしはこの下着をもう二度と着れないとどこか冷静に思うのだった。
 流れ出る体液を全体に塗り込むかのように色んな指がわたしの大事なところに触れていく。わたしの背は弓なりに反れ、それはまるでエッジの指に自身の大切な場所を押しつけているようにも見えた。
 触れるぞ、との言葉に頷けば、エッジは大事なところの上にある突起を指でつつく。
「ぅああっ……! はっ、ひうっ、あ、ああぁぁっ……!!」
 乳首を吸われたときのような衝撃が全身を襲う。足がピンと伸びて空を蹴り、手持ち無沙汰だった両手はエッジの腕に爪を立てた。怖い感覚が襲って来て、わたしの口からは悲鳴じみた声が上がる。それなのにお腹の奥がむずむずと疼いて、痙攣のように震える身体を止められない。
「大丈夫か?」
「あっあっ、あぅ、う、ぅう……! や、ぁ、だ、だめっ、だめぇ……っ!」
 わたしの言葉にエッジはそっと指を離そうとする。それを察知したわたしはぶんぶんと首を横に振った。
「や、やだ、やだっ、やめないでエッジ……っ、も、っと、して、ぇ、あああっ!!」
 ぐりっ、と突起が指の腹で押し潰される。ひゃんと甲高い声を上げながらわたしはエッジが唾を飲み込むのをどこか遠い景色のように見ていた。熱い吐息をわたしの耳に吹き込みながらエッジは突起を素早く上下に動かすようにかき乱す。
「あああ……! あぁ、はっ、う、んんんん────っ!!」
 嬌声が止まらない。絶え間なく痙攣する身体は熱く、脳が蕩けてしまいそう。
 エッジの首筋を流れる汗やわたしの全身を伝う体液が蒸発し混ざり合ったいやらしい匂いが嗅覚を刺激して、視界にはわたしの大事なところに触れているエッジの手が映っていた。部屋にはわたしの嬌声とエッジの荒い息遣い、ベッドが軋む音が響いてありとあらゆる感覚がわたしたちがセックスをしていると教えてくる。
 「んっ、ひっ! ああぁ……っ!」
 エッジが突起を愛撫しながら大事なところへ丁寧に指を差し入れる。ゆっくりと入り口をほぐすように出し入れを繰り返す指をわたしははっきりと感じ取ってしまい、またしてもお腹が波打つように震えた。
「エッジ、エッジ……っ、やぁ、あんっ! ひ、うぅうっ、はぁっ!!」
「イリス」
 つむじ、目尻、頬とキスを落とすエッジは突起となかへの愛撫を繰り返していて、わたしの下半身からはぐちょぐちょとかき混ぜる音が鳴り止まない。
 わたしは声を上げる間隔がどんどん短くなっていって、ぶるぶると全身の震えが未だに続いている。なにかがわたしのなかで起こっていて、その感覚に支配されそうで、でも確かに感じるエッジの体温がわたし理性を繋ぎ止めていた。怖いけど、でももっとして欲しいという気持ちがあって、これが気持ち良いということなんだって本能がわたしの身体に教えてくる。だからわたしはその気持ちを素直に口に出した。
「エッジ、んっ、んんんんっ! わ、わたし、い、いい……っ! きもち、いい、っ! んあぁ、ああぁっ!!」
 わたしの言葉にエッジの指の動きがいっそう激しくなる。なかを広げるように左右に開き、入っている指がばらばらに動いてなかの柔らかい肉壁をなぞっていく。いつの間に指を増やされたのかわたしには全然わからなくて、同時に突起をぐりぐりと捏ねくり回されたせいで視界が真っ白に染まる。
「ふあぁあっ! あああぁっ、やっ、きちゃ、なにか、ひっ! はっ、はっ、はっ、エッジ、わた、わたしっ、へんになっちゃ……っっ!!」
 壊れちゃったかと思うくらいにわたしは全身を震わせて、襲ってくる感覚を必死で堰き止める。怖い、気持ち良い、怖いとわたしの思考は正常に働かず、エッジにしがみつくことで最後の糸を保つ。それなのにエッジはわたしの耳に舌を入れて聴覚を犯しながら、突起を弾く。
 その瞬間、今まで一番の衝撃──快感がわたしを襲って、わたしは全身を縮こませながら大きく身体が痙攣する。喉を潰されたかのように上手く呼吸が出来なくてわたしの口からは引き攣った声が上がり、視界の端がちかちかと光ってエッジの姿も上手く見えない。それなのにわたしの身体はなかに入っているエッジの指だけを鮮明に感じ取り、彼の指をぎゅっと締めつけた。
「は、は、ぅ……? あ、あっ……は、ぁ……?」
 息も絶え絶えで一気に体の力が抜けたせいかわたしはエッジにもたれかかるように後ろに倒れる。エッジはそんなわたしを支えてベッドに寝かせてから服を脱ぎ始めた。エッジの裸を見るのは今日が初めてで、残っている傷跡や割れた腹筋にわたしは目を奪われてしまう。わたしとは全然違う身体つきで、男の人なんだと思い知らされる。
 ぼんやりと見ていると上半身裸になったエッジが下も脱ごうと手をかけたところで彼の手に視界を遮られた。
「あんまり見ないでくれ」
「……エッジはわたしのこと見てるのに?」
「うっ」
 図星を突かれたエッジが手をどけるまでわたしは黙る。少し時間が経ってからわたしの視界が開けると、エッジは下もすでに脱いでいてそこには初めて見る男の人の性器がピンと勃っていた。
「わ、わあ……ね、ねえ、エッジ、触っても良い?」
「……………………あんまり強く触らないなら」
 わたしのお願いにたっぷりの間を開けてから答えたエッジの表情は困惑しているようだったが、それでも良いと答えてくれた彼の性器に上半身を起こしてそっと手を伸ばす。
「あ、熱い……それに、すごい……脈打ってる……」
 初めて見る性器はグロテスクな色や見た目をしていると思ったけれど、こんな大きなものがエッジの身体についているんだと考えると少し不思議だった。触った感触は熱く、浮き出た血管がドクドクと脈打っているのがまるで別の生き物のようにも思えてわたしはつんつんと至るところを突っつく。指先だけでは物足りなくて、わたしは手のひらで包むようにエッジの性器を握る。
「は、……っ、イリス、もう……」
 エッジの掠れた声に顔を上げると彼はぎらぎらとした瞳でわたしを見つめていた。知らないけど、知っている。きっとこんな表情を欲情していると言うんだ。
 途端にわたしは自分の行動に羞恥を覚えてぱっと手を離す。視線を彷徨わせているとエッジがわたしの肩を押して、わたしは簡単にベッドに背中を預ける態勢になった。
「……良いか、イリス」
「は、はい……」
 エッジの性器がわたしの大事なところにぴったりとくっつく。今更だけどあんな大きなものがわたしのなかに入るのか不安と恐怖で身体が固まってしまう。
「イリス、痛いと思うが無理そうなら言ってくれ」
「う、うん……頑張るね……」
 性器の先端がわたしのなかに入ってくる。徐々に、でも確実に奥まで入ってこようとする性器はわたしの内壁を押し広げていく。肉が裂ける痛みにわたしは頭から爪先まで糸を通されたかのようにピンと伸びる。
「は──、ぁあああ……っ! あ、う、うぐ、ぅううう……っっ!!」
 先ほどまでとは打って変わってわたしの口から漏れ出る声は苦痛に満ちていて、喉が引き攣って上手に酸素を吸うことが出来ない。覆いかぶさっているエッジの身体に無意識のうちに爪を立て、それでも逃げない痛みにわたしは涙で顔がぐしゃぐしゃになる。
「イリス、落ち着け。息を吐くんだ」
「あ、う、ぅ、はっ、はっ、はっ、は、ぁ……」
 エッジが頬を撫でてくれる。わたしはそれに頬擦りしながらエッジの言う通り息を吐くことだけに集中した。吸って、吐いて、吸って、吐く。痛みは一向に治まらないけれど少しだけ楽になったわたしはエッジにあとどれくらい? と訊ねる。
「まだ半分も入っていない」
「そ、そっか……わたし頑張るから、このまま、続けて、ね?」
「イリス……」
 エッジの腰が少しずつ前に進んでいく。でもやっぱり難航しているみたいで、エッジは一言わたしに謝った。
「すまない」
「え、あ?! あっ、やぁ、だめっ、エッジ、や、ああんっ!!」
 謝罪をしたエッジはわたしが止める間もなく胸を揉みしだく。両方の乳首を摘まんで左右に引っ張り、それから先端を引っ搔くように爪を立てられる。立っている乳首をこりこりと弄ばれてわたしの身体から力が抜けてしまう。
「やぁ! む、むね、おっぱい、触っちゃ、やだぁ……!」
 頭を振って刺激から逃れようとしてもエッジは止めてくれなくて、だからわたしは後ずさるしかなくて。それなのにエッジはわたしの腰を掴んで、ぎゅっと性器を押し込んだ。
「あ、あああああぁぁあ!! ひ、ぃ、ふぁっ、んぐ、ぅ、んんんん────っっ!!」
 がつんと脳天を鈍器で叩かれたかのような衝撃。一瞬だけ呼吸が止まったわたしと対照的にエッジは長い息を吐いた。じくじくと大事なところが痛みを訴えてくるけれど、わたしは痺れるような感覚が全身を走っていてそれどころではなかった。
「……頑張ったな、イリス」
「え、ぅ、ぁ……?」
「全部、入ったよ」
「ぜんぶ……?」
 舌足らずな言葉遣いのままわたしは誘われるように下半身に目を向ける。そこにはぴったりと隙間なく密着しているわたしとエッジの様子が見えて、電球が切り替わるごとくわたしの思考も鮮明さを取り戻した。
「入った……?」
「ああ」
「全部?」
「ああ」
「そう……そっか……」
 下半身は痛く、なかに入っている性器がわたしの臓器を押し上げるような感覚はとても良いものとは言えないけれど、わたしの胸を占めるのはただ嬉しさだけだった。涙で濡れている顔でわたしは頑張って笑顔を浮かべる。
 嬉しいと呟いたわたしにエッジは唇を噛みしめ、涙を堪えながら俺もだと応えてくれた。わたしはエッジの背中に手を伸ばして彼を抱きしめる。
「好きだよ、エッジ」
「ああ、俺もだ。──愛してる、イリス」
「──────」
 息が、時間が止まる。それでいてエッジが微笑む様子が目に焼きつくほどにゆっくりと鮮明に流れていき、その表情にわたしは色んな感情が湧きおこる。
 きっとこの感情の動きを愛と呼ぶんだろうとわたしは理解する。
 わたしも、と放った言葉はエッジの口に吸いこまれ、唇を重ね合わせたまま彼は少しずつ腰を前後に動かしていった。
「あ、あっ、んん、んんっ、ぅ、ううぅ……っ!!」
 エッジの動きはゆっくりだけど動くたびに性器全体でわたしの内壁を擦り上げていく。奥まで辿り着いた性器を今度は入り口まで引き抜き、また奥へと進める動きを何度も繰り返す。とん、とん、と一定のリズムで奥を押し上げられ、わたしの口からはそれに合わせて嬌声が零れる。
「あっあっあっ、んっ、んんんっっ! ひ、ああぁああ、あっんんっ!!」
 ゆっくり動かれるとわたしのなかがエッジの性器の形にぴったりとくっついているのがわかってしまう。引き抜くときは特に顕著で下半身に力が入ってしまうのかぎゅっと性器をしめつける動きが止められない。
 徐々に早くなる腰の動きにわたしの嬌声を上げる間隔も短くなっていき、エッジの荒い呼吸がより早くなる。ベッドが壊れるんじゃないかと思うくらいにぎしぎしと響いて、それにまぎれて肉がぶつかる音がわたしの羞恥を煽った。エッジの身体を伝って汗がわたしに落ちて、わたしの汗はシーツに染みをつくっていく。
「ひゃうぅっ! ぅああぁっ……! ふあっ、んっ、エ、エッジ、エッジぃ……っ!」
「はっ、イリス……っ!」
 ぐりっ、とエッジが奥を押し潰して、それから腰を回すように動かれてわたしは今まで一番の快感に一際大きく啼いた。
「あ、ああぁぁぁっっ!! ああっ! んっんっんんん────っっ!!」
 弓なりに背が反る。そのせいでまた違うところにエッジの性器が当たってわたしは押し寄せてくる快感にまたなにかが来る。エッジはもう入り口まで引き抜かず、ただひたすら奥に性器をぶつけてくる。
「や、やらぁ! あっ! こん、な……っ、また、きちゃ、きちゃう、ぅ、ぅうう! エッジ、エッジ、わた、わたし、ふぁあっ! んぁああああっっ!!」
「イリス……っ!!」
「わた、わたしっ、すき、はっ、エッジ、ふぁああっ! エッジ、すき……っ!!」
 次の瞬間、エッジはわたしの奥に性器を叩きつける。そしてわたしはまたしてもなにかが襲ってくる感覚──絶頂を迎えた。
「はっ、はっ、ぅ、あっ、ああああぁぁぁあああっ────!!」
 同時に性器が引き抜かれ、わたしのお腹に熱い飛沫がかかる。その正体がなんなのかわからないまま、わたしは絶頂の余韻に身体を震わせていた。はーっ、はーっ、と全力疾走した後のような呼吸を整えながら四肢の先から力が抜けていくのを感じる。瞼も開けていられなくて意識が暗転する直前、わたしが聞いたのは「頑張ったな」というエッジの慈愛に満ちた言葉だった。

 ぱちり、とわたしの意識が目覚めた。真っ先に視界に入ってくるのは見慣れた天井で、でもなぜか違和感を覚えたわたしが横を向くとエッジの寝顔が目に入ってくる。
「!!?!?!」
 思わず叫びそうになってすんでのところで声を押さえることに成功したわたしは、意識を失う前になにをしていたか徐々に思い出してきた。
 そうだ、わたしはエッジと……。
 自分の身体を見るとすっかり奇麗になっていて、それどころかシーツやブランケットも汚れのないものに変わっている。ということは後始末は全部エッジがしてくれたのだろう。
 恥ずかしい、と照れつつ意識を失ってしまったことに落ち込む。エッジに呆れられたりしないかな、と思いながら滅多に見ることのない彼の寝顔をまじまじと見てしまう。寝ている姿は眉が緩んでいつもの無愛想が消えてどこか可愛らしい表情になっていて、わたしはその顔がとても好きだった。起きて話をしたいけど、でもこのまま寝顔をずっと見ていたい気持ちもあって。窓の外はまだ朝というにはまだ薄暗く、エッジを起こす必要は感じなかった。
 薄暗い部屋でエッジの寝顔を見つめていると、昨夜のことが夢じゃなかったんだと実感して胸が温かくなる。恥ずかしい姿やはしたない声を上げた記憶もあるけれど、でも、ようやくわたしたちはお互いの気持ちをちゃんと伝え合うことが出来たと思う。
「ん、んん……」
 エッジの寝息に唸るような声が混じる。もしかしたらエッジももうすぐ起きるのかもしれない。エッジが起きたらどんな顔で彼を見たら良いのだろう。どんな態度でいれば良いのだろう。
 でも、真っ先に伝えたいことはもう決まっている。
 エッジの目がゆっくり開いていく。視線が交じり合う瞬間、わたしは言った。

「おはよう、エッジ」

アトリエプチwebオンリー展示作品。話の都合上、ニーハイソックスを脱がす暇がなく初夜なのにニーハイソックスだけ着用というマニアックなプレイになっててクソワロタ
詳しい後書きやらなんやらは日記に書いていました。イベント開催ありがとうございました!
作業用BGM集:ロミオとシンデレラ/リルロマンティック/Love! For Your Love!/タキシード・ミラージュ/愛してる(ワルキューレ)