セックスの主導権はリリアが握る。
それはマレウスとリリアの間に交わされた暗黙の了解であった。二人が閨を共にすることになった過去の出来事──リリアの「王が童貞では情けない」という弁により筆下ろしをされた──から変わることはない。
もともと性行為に興味を持てなかったマレウスは積極的に動こうとはしなかったため、リリアが優位に立つことを拒みはしなかった。それは彼ならば絶対に自分を傷つけないだろうという、一種の信頼の表れでもあった。学園に来てからも身体を重ねていたのは性欲の発散とリリアに対して確かに恩愛の情を抱いていたからだ。
身体を繋げていても二人の関係は変わらない。
マレウスはそう、思っていた。
変わった切っ掛けは些細なことに過ぎない。休暇が終わっても浮き足立っているクラスメイトの猥談がマレウスの耳に届いたからだ。
いつもなら取り留めることのない話が耳に残ったのは自分の知らない内容だったからだろうか。盛り上がっているクラスメイト達を尻目に教室を後にするマレウスは、そのとき初めて自分がリリアとの行為について何も知らなかったことに気づく。作法や体位も、それこそ繋がる前の準備だって自分はしたことがない。
全てマレウスが知らなかった、知ろうとしなかったことだ。
そして、リリアが教えてくれなかったことでもある。
教える必要がないと考えていたのか、それとも教えたくなかったのか。おそらく後者であると推測しながらディアソムニア寮へ歩を進めた。
寮の談話室にたどり着いたマレウスにとって幸運だったのはリリアがいたことだ。そして、彼にとってはそれが最大の不運だったのかもしれない。
おかえりと声をかけてくるリリアに自室へ来て欲しい旨を伝え、何事かとこちらを見つめるシルバーとセベクに声もかけず二人で部屋に籠もる。
扉が閉まったのとほぼ同時にマレウスはリリアの腕を掴んだ。その状態で天蓋つきのベッドまで引っ張り、ベッドの端に腰を落とした自分の前に立たせる。そうすれば二人の身長差はさほど気にするものではなくなり、相手の表情を見逃すことはない。
握っていた腕を離し、不思議そうに首を傾げているリリアに先ほど浮かんだ問いを投げかける。彼はその言葉を聞いて目を見開いたまま固まった。
「僕は何も知らない。リリアが教えてくれなかったのは何故だ?」
「……マレウスが、未来の王が知る必要がないことだからじゃ。そういったことは下々の者に任せて、マレウスはただ快楽を享受すれば良い」
リリアの言葉は歯切れが悪い。逸らされた視線に彼が何かを隠していると確信する。
しかし隠された何かを暴くための言葉がマレウスの口から出ることはなく、部屋には気まずい沈黙が落ちた。
ふと、どうしてそこまで拘るのだろうか、とマレウスは思考を自分へと移す。
知らないことがあるのが嫌なのだろうか。自分だけが蚊帳の外にいるような疎外感を覚えたからかもしれない。そのどれもが正解に近く、遠いような気がした。
リリアだけが知っていて、マレウスだけが知らないこと。
そこまで思考を巡らせ、ようやくマレウスは一つの解答を導き出した。
知らないことがあるのが嫌なのではない。リリアが教えてくれなかったということが、隠しごとをされているという事実がマレウスにとっては堪え難いことなのだ、と。
リリアはマレウスのためと詭弁を弄して本心を隠している。それは向けられていた信頼への裏切りでしかない。
マレウスの感情に共鳴して空気が震える。不穏な空気に気づいたリリアがこちらに視線を戻し、少しの逡巡を見せてからうなじに腕を回して抱きついてきた。
「……すまぬ、マレウス。だが、わしは」
「リリア」
言葉を遮るように名前を呼べばリリアは身体を離して悲しそうに微笑んだ。その表情を見たマレウスは言葉に詰まる。そんな顔をさせたかったわけではない。渦巻いていた怒りは霧散し、空しさだけが胸に去来する。
マレウスはただ知りたかっただけだ。リリアが隠していたこと、その本心。二人が今もまだ肌を重ねる、その理由を。
だが、リリアが悲しむのであれば聞かない方が良かったのかもしれない。その証拠にマレウスの胸の奥は締めつけられているかのように苦しい。
黙り込んでしまったマレウスの唇にリリアの細い指が触れる。
「我が儘だとわかっておる。だが、今は……お主が抱えている感情の名がわかるまでは言えぬ。許してくれぬか?」
頷くしか出来なかった自分は甘いのだろう。けれど儚く微笑むリリアをこれ以上見続けるのは堪えきれそうになかった。
「そうか」と安堵した表情を見せるリリアに複雑な心情を抱いたまま、マレウスは相手の頬に手を伸ばす。その手を拒絶することなく頬を擦り寄せてくる彼に言い表せない感情を覚える。
「……リリアに触れたい。触れても構わないか?」
「もちろん。お主が望む限り、いつでも」
リリアの腰に手を回して引き寄せる。逃がさぬよう、ぎゅっと力を込めた。
マレウスの意思でリリアに触れるのはこれが初めてだ。無知だと自覚した己では彼を満足させることが出来るかは自信がなかったが、身体は勝手に動く。
頬を撫でている手を上へ滑らせ、いつもは髪で隠れている耳に触れた。
「んっ」
ぴくんとリリアの肩が跳ねる。動きを止めたマレウスに彼は囁いた。
「もっと触ってくれぬか。お主の思うがままに、触れて欲しい」
「……リリア」
許しを得たマレウスはリリアの耳の縁をなぞり、次に耳たぶをこねくり回す。
「ふぁっ……! あっ、んっ……! ふ、はぁ……」
色を帯びた声がリリアの口から漏れる。以前の行為では聞くことがなかった嬌声は溶けた蜂蜜のようにマレウスに甘く響き、脳に纏わりつく。もっと聞きたいという本能に従い、彼に顔を近づけ耳に直接言葉を注ぎ込んだ。
「気持ち良いか、リリア」
「ああぁ……! はっ、んんっ! ぁ、ふぁっ……!」
こくこくと必死に首を振るリリアはマレウスの背中に縋りつく。いつもならシーツしか握っていなかった手が自分に触れている。その事実に頭がくらくらするほどの陶酔感を覚えた。
「んっ、ふ、あ……っ、きもち、い……っ! マレウス、もっと……!」
耳を刺激されただけでリリアは我を失い、乱れる。そういえば彼の聴覚が優れていたことを思い出す。マレウスが想像するよりもずっと気持ちが良いのだろう。その証拠にリリアの性器は兆しを見せ始めていた。
もっと乱れて欲しいと舌を伸ばしてリリアの耳介を舐めた。
「ひっ! あっあっ! んっ、ぁ……! そ、それは……っ!」
リリアが背を反り逃れようとするがそんなことを許すはずもない。せめてもの抵抗にといやいやと頭を振る彼の口元はひっきりなしに喘いでいたために唾液に濡れ、頬には涙が伝っている。
幼い顔つきであるリリアに泣かれるのは悪いことをしているようだ。それでいて紅潮した頬や熱の籠もった吐息。ねだるような声の甘さは幼い外見とは裏腹に妖艶さを醸し出していた。無垢と淫猥が交ざる倒錯とした光景にただひたすら目を奪われてしまう。
この先はどんな光景が見られるのだろうか。
マレウスは自分の欲求に従い、リリアの耳に舌をねじ込みわざとぐちゅぐちゅと淫靡な水音を立てた。
「あああっ! やああ……! んんっ! あっ、あっ!」
喘ぎをより一層大きくしたリリアは途切れ途切れに己の欲望が限界だと訴える。
「このまま達して良い。……ふ、いつもリリアが僕に言っている言葉だな」
「ああっ! ひぅっ! や、よごれ……っ、マレウス、やめっ、んっ、だめじゃ……っ!」
この期に及んで制服が汚れることを気にするリリアを笑う。
繰り返し駄目だと言うリリアを無視して攻め立てていると、彼はどうか見ないでくれと懇願し始める。思い返せば彼の達した表情を見たことがない。
見てみたい、とマレウスが思ったときには身体はすでに動いていた。耳の縁に歯を立て、流れ出た血を吸う。
次の瞬間、リリアは悲鳴のような嬌声を上げる。
「あ、あああぁぁ────っっ! あ、ああっ……! んんっ、ふ、ぁ……!」
突然糸の切れた人形のごとく脱力したリリアを慌てて胸元に引き寄せた。彼の下半身は服の上からでもわかるほど湿っており、荒い呼吸音だけが部屋に響く。
リリアの痴態にマレウスは唾を飲み込み、掠れた声で彼が欲しいと囁いた。
するとリリアはゆっくりと身を離し、欲に濡れた表情を隠さずマレウスの両頬に手を当てる。唾液で濡れている真っ赤な唇を見せつけるように舌で舐め、艶やかに微笑む。
今まで隠されていた、リリアの情欲的な姿。以前のしおらしさとは全く異なる様子にどちらが本当の姿なのだろうかと思う。
そうだ、マレウスはリリアについて何も知らない。
リリアは生まれたときからマレウスを知っているのに、自分は彼がどんな風に生きてきたのかさえ知らない。彼を知りたいという気持ちが溢れて止まらない。
リリアの歩んできた人生、考えてきたこと。どんなときに笑い、悲しみ、怒るのか。
リリアのこれまでの全てを、これからの全てを知りたいと、マレウスは強く思った。湧き上がる感情の名を理解しないまま、ただひたすらに彼の全てが欲しいと願う。
「ふふ、お主が満足するまで、欲しいと願う分だけ存分にわしを食らえば良い。わしに触れることが出来るのはお主ひとり。わしの命や血、魂さえもお主だけのものじゃ」
ただし、とリリアは挑発的に口角を上げる。そして制服の上から反応を示しているマレウスの性器にそっと触れた。
「わしを満足させるには、お主はまだまだ経験不足だと思うがな」
「……試してみるか?」
「くふふ、そうやって挑発に乗るところが青いのじゃぞ? ……さぁ、マレウス。わしを食らおうてみせよ。わしを欲せよ。お主に、その覚悟があるのならば」
出来る、とは口にはしなかった。言葉の代わりに噛みつくように唇を重ねる。それに満足したのかリリアは笑いながらマレウスのうなじに手を回した。
キスを続けたまま指を鳴らす。ぱちん、と乾いた音が鳴った直後にリリアが着ていた制服は消失し、彼は裸となった。自分の服はどうするべきか迷ったが着たままにすることにした。裸になって彼にリードを許すことを危惧したためだ。
下唇を食んだあと薄く開いた口のなかに舌を潜り込ませる。しかしキスに関してはリリアの方が一枚上手であり、押されるマレウスを見た彼はにんまりと目を細めながら舌を吸う。縦横無尽に動く舌に翻弄されながらこちらも負けじと相手の口内を蹂躙するように舌を動かした。
ふふ、とリリアが笑う気配がして唇が離れていく。
「うーむ、要練習じゃな」
「……うるさい」
「すぐ拗ねる癖は変わらないのう。可愛らしい」
「……さっきまでのリリアも可愛かった。見たことないほどに乱れていただろう?」
そう口にすればリリアは一瞬ばつが悪そうな表情をし、マレウスの右太股を跨いでベッドに膝立ちをする。彼の下半身は先ほど放った精液で汚れており、白濁とした液体が太股を伝いシーツへ滴り落ちた。
マレウスの両肩に手を置いたリリアは意地悪い表情を浮かべてこちらの行動を待っている。キスの練習にリリアはつき合ってくれるのだろうかと浮かんだ疑問を頭の片隅に追いやりつつ、期待に応えて彼の肌を撫でた。
日差しが苦手だと公言しているとおり日光に当たることのない肌は白く、いっそ寒気すら感じられた。けれど胸の突起はほんのりと薄紅色に染まっており、触れられることを待っているように錯覚させられる。
突起を指の腹で転がせればリリアはか細く吐息を零し、続きをねだる。もっと強くしてもよいと言う彼に反抗して指を離し、触れるか触れないかの距離に移す。
するとリリアは焦れったそうに身動きしたため、マレウスは口角を上げた。
「触って欲しいのか、リリア」
「お主が、触りたいんじゃろ?」
わざわざ「お主が」といった部分を強調するところにリリアの負けず嫌いさが見え隠れする。しかしそれは事実だったので否定することなく、マレウスは胸の突起をぎゅっと摘まんだ。
「ひゃっ! ふ、ふふっ……やっぱり、お主が一番可愛いのう。っ、は、ぁ!」
屹立した突起をこりこりと弄ればリリアは上体を反らしながら快感によがる。蕩けた表情を隠すことなく曝け出す彼にマレウスは喉を鳴らした。
視線を下にずらせばリリアの性器が再び硬く張り詰めているのが見える。先走りが先端にぷっくりと浮かんでは茎を伝い、マレウスの制服に濃い染みをつくっていく。
マレウスは胸に触れていない手でリリアの性器をそっと握った。
「あ、あああ! ひ、い……ぅ! あっ、ん、いい……!」
精液と先走りで性器は濡れそぼっているため手を上下に動かせば淫靡な音が立つ。根元から先端を指先で扱き、円を描くようにカリ首をなぞった。
「ふあああ! あ、あぁ! ひっ、ぐ、ぅ……! んぅ、そ、それ、い、いい!」
「こう、か?」
「あ、あ、あっ! いい、いい……っ! マレウス、もっと……! んっ、ふぁっ!」
裏筋の血管を少し強めに擦り、陰嚢は優しく触れる。喜悦の声とともにリリアは下半身を震わせ、快楽に夢中になっていた。マレウスの手で自慰をしているかのように腰を動かしている彼に悪戯心が湧き上がり、亀頭の窪みに爪を立てた。
「う、あっ、ああ……っ!? ひ、ぅ、うう!」
リリアの性器から少量の精液が溢れる。断片的な声を上げる彼の表情はだらしなく、すっかり蕩けているのが見て取れた。
触れただけでこうならば、この先はどれほど乱れるのだろうか。
そんな想像にマレウスは無意識に唾を飲み込み、精液を潤滑剤として指に塗り込んでからリリアの後孔へとあてがう。
今はまだ固く閉ざされているがその場所が熱く絡みついてくることをマレウスは知っている。はやる気持ちを抑えながら縁の皺を愛撫する。ぐにぐにと揉みほぐし、充分に柔らかくなってから指の第一関節までをなかに入れた。内壁に体液を染み込ませるように、ゆっくりと傷つけないよう動かしていく。
「んっ! ふっ、ぁ……」
リリアの声が苦痛だけではなく色を帯びてきたころを見計らい、浅く抜き差しを繰り返していた指を奥まで押し込んだ。
「んん!? ん、ふ、あ、あああっ!」
突然の刺激に余裕をなくしたリリアがマレウスの肩に爪を立て、制服にはくっきりと彼の爪痕が残った。
指の数を二本に増やされ嬌声を上げ続けるリリア。彼は体内にある指をぎゅうぎゅうと締めつけ、同時に内壁で柔らかく包み込む。その感覚にマレウスは頭に血が上りそうだ。以前は彼自身がここを弄っていたと考えれば興奮が止まらなかった。
挿れたい。だが、充分に解さなければリリアがマレウスの性器を受け入れられないことは理解している。痛いほど張り詰めている己の性器に堪えつつ、なかを解し続けた。
指をくの字に折り、内壁を擦る。指をバラバラに動かしながら放置していた胸への愛撫も再開した。
「ひぁっ、あっ、あっ、あっ……! んっ、くっ、ああぁ……!」
淫らな声を上げつつ顔を近づけてくるリリアにマレウスは唇を重ねる。隙間なく唇を塞いで夢中で舌を絡ませた。その間も愛撫の手を止めることはせず、いつの間にか後孔は三本の指を飲み込むほどになっていた。
「ん、ぢゅ、ん……ふ、んんっ……!」
乱暴に指を引き抜き、その刺激さえも感じ入るリリアにマレウスは限界だと吐露する。
「リリア、もう……」
「ぁ、はぁ……ふ、そうだのう……。わしもお主が欲しいよ、マレウス」
リリアの指が制服の上からマレウスの性器を撫でる。そのままベルトを抜き取り、慣れた手つきでファスナーを下ろされた。このままではまたいいようにされてしまうと焦りながら自ら制服を脱ぐ。
二人は一糸纏わぬ姿になり、触れている箇所から互いの体温が交わっていく。じわじわと二人の境界線がなくなっていく感覚にマレウスは呆け、リリアもまた恍惚とした息を吐いた。
「────」
刹那、リリアは小さく呟く。
けれどその言葉はマレウスの聴覚を以てしても聞こえず、問いかけようと開いた口はリリアが性器を掴んだことによって呻き声へと変わる。
リリアはマレウスの性器を数回扱いた後、自らそこへ腰を落としていった。
「あ……ふぁああ! あ、ああ……っ! あ、はぁう、んん……っっ!」
性器が後孔に飲み込まれていく。根元まで性器を受け入れたリリアは脂汗を滲ませて苦しそうにしていた。マレウスの性器は一際大きく、二人の体格には大きな差がある。受け入れる立場である彼に負担の比重が大きいのは否めなかった。
それでもリリアは自分の腹部をさすりながら幸せそうに微笑み、息も絶え絶えに囁く。
「ふ、ふふ……ここまでお主が入っているのが見えるか、マレウス」
リリアに言われたとおり視線を向けると腹部が性器の形に膨らんでいるのが見える。目の前の光景の凶暴さと性器に絡みつく内壁に、マレウスは気を抜くと精液を出してしまいそうになった。
それを堪えたマレウスを褒め称えるかのようにリリアは頭を撫でる。
「流石に慣れていないお主に動かれるとわしが辛い。ここから先はわしが動くとしよう。お主が動くのは、また今度にしてくれ」
拒絶するよりも早くリリアは腰を振ってマレウスから主導権を奪う。不敵に笑い、先ほどまで散々喘いでいたことを微塵も感じさせずにこちらに快楽を与えてくる。ベッドが軋む音は行為の激しさを表わし、部屋に充満する匂いや耳元で聞こえる彼の甘い吐息に熱が昂ぶっていく。
「リリア……っ!」
「え、え!? ひ!? いっ、あぁっ、あああ!」
リリアに任せた方がよいのだろうということはマレウスも知っていた。
けれど身体は本能のままに動き始める。リリアの腰を掴んで下から突き上げ、彼が酸素を求めて開いた口に唇を重ねた。
「んぐ、んっんっ……! ふ、はあっ……! うぐ、んんっ……!」
辛いだろうにマレウスに応えてくれるリリアにただただ胸が締めつけられる。
マレウスの思考は渦巻く感情と頭の芯に響く快楽で正常に働かず、胸の奥が切なくなる理由がわかりそうでわからない。近づいたと思ったら遠ざかるそれはまるでリリアのようで、身体を重ねても本心を隠す彼の心を知りたいと切望する。
「マレっ、マレウス……っ、も、出る……っ! あっあっあっ、あああぁあ!」
がつがつと貪るように最奥を穿ちながら、マレウスも限界を迎える。
「ふあああぁぁ────…………っ! あ、あぁ……ふ、んぅ……ぁあ……」
リリアが射精するとほぼ同時にマレウスは彼のなかに精を注いだ。倦怠感を抱きながらも彼を逃さぬよう、腕のなかに閉じ込めた。
だから、その瞬間にリリアが見せた表情をマレウスが知ることはなかった。
***
もそり、とリリアは隣で眠るマレウスを起こさぬよう身を起こした。相手はぐっすりと眠っている。彼は人の気配があると眠りが浅くなるのだが今夜は起きそうになかった。よほど疲れたのだろう。どちらかといえば、教えてもいないのに良いところを正確に穿ってきた彼にこちらの方が疲れていると言いたい。
少しでも身動ぎすれば腰に響く鈍痛が全身に広がり、咳き込んだ声は掠れている。セベクが心配してきそうだが、シルバーは感づいているため止めてくれるだろう。
「…………」
マレウスに手を伸ばし、その途中で動きを止めた。性交の後に行われるリリアだけの秘密の行為。それがちゃんと叶えられたことは一度もなかった。そしておそらくこれからも叶うことはないのだろうと思う。
触れたいのに、触れることが怖い。隠してある本心を、嫉妬や独占欲といった醜い感情を知られたくない。そのくせマレウスに触れたいと望む心を消し去ることも出来ず、学園に来てから何度も閨を共にした。
リリアは自分の欲望のためにマレウスから向けられる信頼を裏切ってきた。
マレウスが好意を──愛という感情がわからないのはリリアのせいだ。彼は幼い頃から強大な力を持っていて自分しか傍にいられなかった。幼少期にすり込ませた信頼を利用し、様々な愛を不必要なことだと教えてこなかったのだ。
愛という感情を知ってしまえば、マレウスはいつかリリアを置いていってしまう。
ようやく出逢った、リリアが全てを捧げることが出来る王。それを手放すことなど出来るはずがない。自分の欲望のためにマレウスを歪めてしまった罪が許されることはないとわかっていても、この道を選ぶしかなかった。
強欲な、どこまでも救われない愚かな感情。
こんなものをリリアが抱いているとマレウスが知ってしまったなら、二人の関係はどう変化するのだろうか。このまま気づかないでおくれ、と思うと同時に本心を暴かれることを渇望している。己の想いを知って欲しい。どれほどの感情を彼に捧げているのかを知って、受け止めて欲しかった。
学園に来たことでマレウスの世界は広がり、知識とともにリリアが教えなかった様々な感情を覚えていく。今夜のように隠していた心をいつか見破ってくれるのだろう。
そのとき、己はようやく告げることが出来る。
──リリア・ヴァンルージュは、マレウス・ドラコニアを誰よりも愛している、と。
いつか訪れるその日を心待ちにしながら、リリアも瞼を閉じて睡魔に身を委ねる。
このとき、リリアは気づいていなかった。自分が思うよりもずっとマレウスは聡明で、深い感情を己に向けていることを。眠ったリリアを見つめる彼の視線に。
そして二人の関係が王とお目付役から恋人へと変化することを、まだ知る由もなかった。
一番最初に書いたマレリリ作品、のはず(同人誌収録するにあたり手直しは何度かしている)
多分2020年とかかな……3~4年前の作品なので正直今現在見直すことが出来ない…