One and One

馳せる気持ち爆ぜて

 意外にもリリアは好意を寄せられることが多い。ディアソムニア寮では一番と言っても過言ではないだろう。見た目だけなら美少女と見間違う容姿をしており、それでいて面倒見が良い。ディアソムニア寮では珍しい陽気──あれを陽気の一言で片付けて良いものかそれはまた別問題だが──な性格も好かれる理由の一つだろうか。また、それとは反対に底が見えないミステリアスさや強者の余裕が垣間見えるところも惹かれる理由だと聞いたことがある。
 マレウスもリリアが告白されているところを見たことがあるくらいには、彼はモテていた。
 もっとも、リリアの料理の腕を知った者や実はかなりずぼらであることを知った者たちが「アレだけはない」と口を揃えて噂していることはマレウスも与り知らないことである。
 さらにリリアは告白の断り方も上手であった。暴力に訴えるような輩は別として、相手を傷つけないように言葉を選び、青春の一ページにあるようなほんの少しだけ切ない、それでいて良い思い出になるように断るのがコツじゃとは本人の談だ。どんな断り方だ、とマレウスは思うのだが振った人物と振られた人物が仲良く談笑している場面を見かけたこともあり相当上手くやったのだろうと推測出来る。
 なお、リリアが「はーーーー甘酸っぱい青春は良いのう~~! 若返る気分じゃ!! 命短し恋せよ若人たち……」などと考えてることは誰も知らない。わしってモテモテじゃな~~! とテンションが上がったまま酒を飲んで二日酔いになっているなどということを知らないでいられるのはおそらく幸福だろう。
 閑話休題。
 さて、マレウスは学園に来て、他者と触れあい、そこで漸く「もしかしてリリアはモテるのか?」という事実に直面することになった。
 リリアがモテていてとても困る。困っている、とマレウスは思う。なぜならマレウスもまたリリアに惹かれている者の一人だったからだ。
 リリアが告白を受ける度に彼が告白を受け入れたらどうしよう、などと考えて外が雷雨になったこともあった。ちょうどマジフトの練習中でキングスカラーがこのトカゲやろうが!!!! と殴り込んできたのは忘れられない思い出である。
 リリアがこれ以上思いを寄せられないようにするのに手っ取り早い方法は恋人をつくることだ。完全にいなくなるわけではないが、恋人が出来たと知れば告白する者はぐっと数を減らすだろう。そしてその恋人にはマレウスがなりたいと切実に思っていた。
 受け入れられるかどうかは一旦さておき、それならば告白すれば良いだろうと思うかも知れないが、マレウスにとって告白はするものではなくされるものという意識があった。
 マレウスは次期王である。それがどういうことかと言えば、マレウスは自分から行動を起こすと言うことが滅多にないのだ。マレウスはリリアと恋人同士になりたい=リリアが告白するべきという図式が頭の中でつくられるくらいには無知故の傲慢な王の姿をしていた。
 流石に学園に来て成長したマレウスは今はそんな風には(少ししか)思ってはいないが、いかんせん告白の仕方が全く見当もつかない。ゴーストの花嫁騒動の際に少しは見本になるかと寮内で観察していたがそれはもう酷いものだったと記憶している。
 マレウスがうんうんとリリアへの告白で悩んでいるとは知らず、彼はいつものごとく呼び出しを受けていた。どうやら今回は他寮の下級生らしく、ディアソムニア寮の談話室でこれから用事があると席を立つところにマレウスは出くわしてしまった。
 笑顔のリリアをマレウスは素直に送り出せない。言葉を飲み込み、立ち尽くしてしまったマレウスにリリアはどうした? と声をかける。
 その瞬間のことだった。
 マレウスはリリアの腕を取り、衝動のままに叫ぶ。
「リリア! 僕はリリアが好きだ!」
 格好いい言葉も、雰囲気の良いシチュエーションでもない。ただただ純粋な愛の言葉をぶつけるだけの告白。しまった、とマレウスが我に返ったときには大勢の寮生で溢れていた談話室には沈黙が流れていた。リリアも俯いており、マレウスは今すぐ茨の谷に帰りたくなった。
「おや、リリア先輩……?」
「リリア様……?」
 シルバーとセベクが微動だにしないリリアに声をかける。ちらり、とこちらを見た二人がマレウスに話しかけないのは優しさだろうか。
 二人に話しかけられてバッと勢いよく顔を上げたリリアの表情は、マレウスが想像もしていなかったものだった。
「~~~~~~~~~~~~~~っっ!!」
 ボンッ! と効果音が聞こえてきそうなほどに顔を真っ赤に染めたリリアはぶんぶんと手を振りマレウスの拘束を解く。手が離れた瞬間にすぐさまマレウスから距離を取ったリリアは涙目だ。わなわなと身体を震わせて、リリアはマレウスに叫んだ。
「こ、こ、こんな場所で言う奴がおるかーーーーーーっっ!!」
 心の叫びを上げたリリアは魔法で談話室から姿を消し、残されマレウスは呆然と立ち尽くす。
「……これは、振られたのだろうか」
 マレウスの言葉に「いやどう見ても脈ありだっただろう!」と寮生の心が一致した瞬間だった。その中でも二人と交流の深いシルバーとセベクは顔を見合わせ、これから面倒ごとが起きそうな気配に深いため息を吐くのであった。

泥棒が落としたマーブル

 リリアは意外にも恋愛話が大好きだ。しかもミックスベリーをふんだんに使用したケーキのように甘酸っぱい青春の一コマのようなものを一番好んでいた。
 だから下級生に告白をされたとき、リリアの胸はきゅんきゅんと高鳴ったのを今でも覚えている。リリアにしてみれば学園にいる者などまだまだ青二才も良いところで、そんな彼らが自分に恋愛感情を必死にぶつけてくる姿は可愛らしいと形容するしかない。といってもリリアが彼らに恋愛感情を持つわけもなく、穏やかに、彼らにとって良い思い出になるように告白を断ってきた。一部身の程知らずが暴行を働こうとしたこともあったが若造に後れを取るほどに耄碌しているわけもなく、そういう輩は返り討ちにして少しばかり魔法で記憶を封印させてもらっている。
 告白をされるたび、リリアは胸を高鳴らせ「甘酸っぱい青春は良いの~~~~! はー、酒でも飲むかぁ!」と高まったテンションのままに酒を浴びることも多い。一応マレウスやシルバー、セベクにはバレてはいないようだ。特にシルバーにバレたら怒られることは確実なので彼らが寝静まった頃にリリアは酒盛りをしている。
 さて、ここまでリリアが恋愛話が好きなのには理由がある。リリアは恋愛に憧れていたのだ。
 そもそもリリアは恋愛が出来るような環境にいたわけではない。いや、確かに昔プロポーズみたいなものはしたが、アレは二人に置いていかれたくないという気持ちもあったのだ。もっとも、それは叶わぬ願いとなってしまったが。
 その後妖精と人間たちの戦いが終わったと思えば色々事情があり恋愛が出来る余裕などなく今に至る。とどのつまり、他人の恋愛話を見て、聞いて自分の青春を取り戻しているわけだ。
 そんなわけで恋愛話に首を突っ込むことが多くなったリリアは自分への好意にも敏感になった。なので当然マレウスがリリアに向ける感情にも気づいていた。というかリリアが離れると寂しそうに天候を悪化させるマレウスは好意を隠すつもりがあるのかと言いたい。気づいていないんだろうな、と思いながらも言葉にして引き留められないマレウスの奥ゆかしさがたまらなく好きなので気づかせるような言葉を言うつもりはなかったりもする。
 とはいえ、マレウスが万が一告白したとしてもリリアは受けるつもりはなかった。立場が異なるし、マレウスの両親の件もある。
 憧れは憧れのままで。キラキラとした甘酸っぱい青春を傍観者のように見ている方がリリアは楽しい。
 そんなことを、つい先ほどまで思っていたのだ。
「リリア! 僕はリリアが好きだ!」
 リリアの腕を捉えたマレウスが叫ぶ。飾り気のない、真っ直ぐな言葉。そんなもの、今までも散々聞いてきたはずだった。
 マレウスのリリアに向ける瞳は純粋で、そこには下心など全く見えず、ただただ愛に溢れている。
 触れたところが熱い。じわじわと二人の熱の境界線がなくなっていく。その浸食されるような感覚にリリアの背筋にぞわぞわとした感覚が走った。
 マレウスの顔をこれ以上見るのが怖くて思わず俯いたリリアは、今までにない鼓動の早さに狼狽えてしまう。なんで、こんなの、知らない。ぐるぐると頭の中で混乱が渦巻く。
 シルバーとセベクに話しかけられて漸く我に返ったリリアは顔を上げてしまい、ばっちりマレウスと目が合う。その瞳には、リリアだけが映っている。
「~~~~~~~~~~~~~~っっ!!」
 顔から火が噴きそうだった。触れている箇所が火傷したかのようにじんじんと切なく疼き、リリアは大きく腕を振ってマレウスの手を解いた。
 キラキラとマレウスが光って見える。いやマレウスだけではない、リリアの視界に映る全てがキラキラと色づいている。光の暴力に脳がクラクラとして、そしてなによりその中でも一等マレウスが輝いて見えるのが混乱に拍車をかけた。
 いつものように断れば良い。傷つけないように、優しく、穏やかに。そう思うのに、リリアの口から出たのは全く逆のことだった。
「こ、こ、こんな場所で言う奴がおるかーーーーーーっっ!!」
 それだけを叫んでリリアは魔法で自室に戻る。あれ以上談話室になどいられるはずもなかった。
 胸の高鳴りが治まらずに息が苦しい。ちかちかと視界が眩しい。顔が赤くなるのを止められない。マレウスの告白を断るつもりだったのに、いざ想いを告げられればなにも言えなくなってしまった。
 ──恋に、落ちてしまった。
 恋を自覚してしまったリリアはその場にしゃがみ込み、数時間後シルバーが扉をノックするまで一歩も動けなかった。

2023年10月に毎日更新していた作品たち。残り2つの小話は続きを書くので省略(日記にて見ることは出来ます)
タイトルはchicca*様から