リリアの目の前には大人向けの本──所謂エロ本が置いてあった。これは私物ではなく、遊びに訪れた部屋の机に置いてあったのだ。まあもう良い年齢なのだからこういうことに興味があるのは健全な証拠と言えるだろう。
それが、恋人であるマレウスの部屋になければの話だが。
「…………」
部屋の主であるマレウスは廃墟でも見に行ったのか現在は留守にしており、リリアの息遣いだけが聞こえる。そう思うのは見てはいけないものを見てしまった罪悪感だろうか、それとも恋人がエロ本を持っていたという戸惑いだろうか。
いや、別にエロ本を持っていることは問題ではないのだ。マレウスだって年頃なのだからむしろ見たことがない方が少し心配になるくらいである。人並みにそういったことに興味があるのだとわかってホッとしたくらいだ。
「いや興味あるのは知っておるわ!」
自分で考えたことに思わず突っ込みを入れてしまう。マレウスがそういうことに興味があることなどリリアはその身をもって知っている。昨夜だって、つまり、そういうことをしていたのだから。これで興味がなかったら逆に怖い。
ばん、と机を両手で叩き──別に叩きたくて叩いたわけではない。手を置いたらちょっと音が鳴っただけである──エロ本を睨みつける。なんというか一目でわかるほどに肌の露出が多い女性が表紙でいやらしいポーズをしている。流石に中身は見ていないが表紙の文字的には女性だけが載っている本なのだろう。
うぐぅ、とカエルが潰れたような声が漏れる。いや別に全く気にしていないが、表紙の女性はリリアとは違って高身長で胸も尻もボンキュッボンなスタイルをしていた。それに比べて自分は胸はないし身長は低いし尻は引き締まって<いるし。可愛さは自分の圧勝だが。別に気にしていないが!
「う、ぅ、ううううう……っ!」
唇を噛みしめる。中身を見たら負けだ。負けな気がする。いや、別に勝ち負けなどないが、全く気にしてはいないが!!
「……………………」
中身を見るのはデリカシーがないことだとリリアもわかる。マレウスだってたまには違うものを見たくなることだってあるだろう。自分は彼一筋だが、それをマレウスに強要するのは違う。とくに彼はこれから先、様々な経験を積む必要があるのだからなおさらだ。もしかしたら、いつかはリリアと別れる未来だってあるかもしれない。
だから、別にエロ本を置いてあったって、それがリリアと全く違うスタイルの女性が表紙だからって気にしてはいないのだ。
「…………ユニーク魔法なら、アリか…………?」
本の中身は見てない。ただちょっとユニーク魔法が暴発しただけだ。うん、きっとそう。許されるはずだ。
というか、そもそも、恋人がいるのにエロ本をこんな堂々と置いてある方が悪い! 気にしていないなどそんなわけあるわけがない。なんだこれはリリアに対する当てつけか? ならばその喧嘩買ってやるのが筋というものだろう。後悔するなよ、マレウス!
と、この場にいないマレウスに啖呵を切りながらリリアは目的の物にユニーク魔法を使用し、本に刻まれた記憶を少しの間だけ見せてもらう。
ふと、その記憶がマレウスが自慰しているものだったらどうしようというもっともな問題が浮かんだのはユニーク魔法の発動が終えてからだった。
「…………?」
見えた記憶はそういったいやらしいものではなく、なぜかレオナにこの本を渡されて渋々持って帰ってきたマレウスが机に置いたというだけのものだった。
どういうことなのだろうか、とリリアが首を傾げた瞬間。
「────随分と、楽しそうなことをしているな。リリア」
背後から聞き馴染んだ声が聞こえる。とても心底楽しそうに、意地の悪い笑顔を浮かべているだろうことが想像できる声色だった。
ぎぎぎ、と壊れたブリキのようにリリアはゆっくりと振り返る。そこには予想した通りの人物、マレウスが口角を上げながら立っていた。
扉の空いた音がしなかったということはこいつわざわざ魔法を使って室内に入ってきたのか、とリリアは引きついた笑顔を浮かべる。最早状況証拠だけで有罪が確定したようなものだ。
「た、楽しくはないぞ。う、うむ。別に、なにも……」
「その本が気になるんだろう?」
「ド直球! い、いや、別に気にしてはおらん。マレウスだってこういうのに興味を持つ年頃だろうし……」
「ユニーク魔法を使って記憶を見ていたのにか?」
「いっそ殺してくれ!!!」
「フッ、逃げようとしても無駄だが。まあ、ベッドにでも座らないか? 立ち話も疲れるだろう」
こちらの手を掴んだマレウスはそのままベッドに座り、リリアを膝の上に乗せる。逃げられないことを悟ったため大人しくしていたが、楽しそうに笑っている彼を見ていると次第にむかむかした気持ちが湧いてきた。
リリアも男だから女性に惹かれる気持ちは理解できる。だが、恋人が訪れる部屋に、これ見よがしにエロ本を置いてあるのは正直良い気持ではない。
そこまで考えてリリアはふと気づく。
マレウスがわざわざこれ見よがしに本を置くだろうか。少なくとも本当にそういうことに興味があったのなら、彼ならば完璧に隠すことも容易だったはずだ。逆に、本を机の上に置いてあったのはリリアに見つけてほしかったからではないのか。
その考えに至ったとき、思わずマレウスの顔を凝視してしまい、視線に気づいた彼はにんまりと目を細めて笑った。
「その本はサバナクロー寮生の持ち物だ。どうやら教師に没収されたものらしく、キングスカラーが受け取ったのだが寮生に返すのが面倒だと僕に押し付けてきた。根暗なトカゲ野郎は一人で慰めるのも得意だろう、とな。全く、キングスカラーは僕がとっくの昔に童貞を捨てているとは思わなかったらしい。今度キングスカラーに会ったらリリアの方から言ってくれないか? 僕は一人で慰める必要などない、とな」
「あ、あはは……そうだのぅ……はは、は……」
「ところで、リリア」
「はい」
「恋人の私物に、まあこれは僕のものではないのだが、ユニーク魔法を使うのはいささか行儀の悪いことだとは思わないか?」
「思います……」
「そもそも気になるのなら僕に直接聞けば良いと思わないか? 僕が本当にこんな本を見ていると思ったのか?」
「全く持ってその通りです……」
「──これは、お仕置きが必要だな?」
「え、いや、それはちょっと話がちが、っ!?」
服の上から内太腿を触られ、思わず息を飲む。こういう反応がマレウスを楽しませるだけとわかっているのだが、彼に快楽を叩き込まれた身体はすでにリリアの言うことを聞かなくなっていた。
「こ、らっ、マレウス、そんなとこ、んっ、あっ……!」
「心配しなくとも、僕はリリアしか目に入らない。まあ、そわそわしているリリアを見るのは楽しかったが」
「お主、やはりわざと本を置いておったな!?」
「フフッ、嫉妬しているリリアも可愛らしかったぞ」
「~~~~~~っっ!!」
耳に直接囁かれる言葉にリリアは顔を真っ赤に染め上げ、両手で顔を覆う。
若造であるマレウスにしてやられたこともそうだが、こんなたった一言で絆されてしまう自分が恥ずかしい。ゆっくりとベッドに押し倒されるが抵抗する気力さえ湧いてこなかった。
「愛してる、リリア」
「……馬鹿者」
笑いながら愛の言葉を囁くマレウスに、リリアは負け惜しみとばかりに悪態をつきながら彼のキスを受け入れるために瞳を閉じたのだった。
ふいに思いついたネタ第三弾。タイトルは中島愛さんの楽曲『Raspberry Kiss』から。可愛い曲で好き
2時間ぐらいで書いた作品。久しぶりのギャグ話でした