One and One

I beg you

 遠くで誰かが叫んでいる声が空気を震わせ、その微かな振動にリリアは意識を浮上させる。覚醒したばかりの自我は水に浮かんでいるかのように不明確なままで、ただぼんやりと目の前の景色を眺めた。
 知っている天井。だがどこだっただろう、と思考を巡らせている内に薄暗い雰囲気のこの場所が良く知っているところだと気づく。はっきりと形成されていった意識によって己がいる場所がディアソムニア寮の一室で、制服のままベッドで寝ていたのだと理解する。
 けれどリリアの部屋のように物が散乱しているわけではないここが誰の部屋なのかは思い出せず、上半身を起こして周囲を見渡した。
 見たことのある部屋だが持ち主が思い浮かばず、喉に刺さった骨のようにもどかしさを感じる状況にリリアは左手で軽くこめかみを押さえる。頭の片隅にある記憶を呼び起こそうとすれば鈍い痛みが頭を走り、まるで二日酔いのときのような感覚に目を瞑りながら深い息を吐く。その、瞬間。
「リリア」
「っ! ──はっ、ぁ」
 突然聞こえた己を呼ぶ声にリリアの全身が強張る。鼓動が一瞬止まったかと錯覚するほどに驚愕し、思わず開いた目には見知った顔が映った。彼はリリアに手を伸ばして壊れ物に触るかのように指先で頬をなぞり、そのまま輪郭を確かめながら顎下へ指を滑らせていく。顎を引き上げられたリリアは目の前の彼と視線が合う。
「マレウス……」
「フフッ、どうしたリリア。そんなに目を丸くして、それほど驚くことだったか? ただ名前を呼んだだけだろう?」
 彼──マレウスは喉の奥を鳴らしながら笑う。目を細めて口角を上げる、少し皮肉めいたいつもと変わらないはずの笑みを見てリリアは瞬きも忘れて息を飲んだ。震えそうになる手足を押さえ込んだ理性が激しい警報を鳴り響かせる。
 どうしてマレウスがここにいるのだろう。先ほど周囲を見渡したときに彼の姿はなく、途中で現れたとしてもリリアが気配を見逃すはずがない。そもそもどうして自分は自室ではない場所で眠っていたのだろうか。
 そしてなによりもマレウスのこちらを見つめる瞳が、触れている指が、彼の全てが獲物を捕らえた捕食者のように狂喜に満ちているのにリリアは気づいてしまった。
 額に脂汗が滲むほどの緊張と恐怖にリリアは無意識に後ろに下がろうと身動ぐが、それよりもマレウスの行動は早かった。顎に触れていた指がそこを掴むように開き、固定されたリリアの顔に彼が唇を寄せる。
「──んぐっ!? んんっ、んむっ、んんんっ!!」
 少しばかり開いていた口のなかにマレウスの舌が入り込んでくる。顔を背けようとしてもリリアの後頭部は彼の指によってがっしりと捕らえられ、ぬるぬるとした舌が口内のあらゆる場所を舐め回す。ざらりとした舌が蠢くたびに背筋にゾクゾクとした感覚が走って腹の下が焼きつくように疼いた。知らないはずの、けれどどこか感じたことがあるような気がする衝撃に、ぴくん、ぴくん、と肩が跳ねる。
「ん、んん、んぅ、ぁん……」
 マレウスの体温や吐息が絡み合った舌から伝わり、頭の芯が蕩けてしまったかのようになにも考えられなくなる。口づけを交わすことが間違った行為だと理解しているのに抵抗する力が一切湧いてこず、それどころかリリアの身体は意思に反して全てを委ねるかの如くマレウスにしなだれかかった。力が入らないまま彼の背中に手を回し、制服に皺をつくる。
 二人の混ざり合った唾液を飲み込みながらリリアはふと自身の頬が涙で濡れていることに気づく。それが生理的な涙から流れたものなのか、それとも全身を襲う快楽の波によってもたらされたものなのかわからないまま、身体は再びベッドへと沈む。
 押し倒されたことによってようやく離れた唇は二人の唾液で鈍く光り、口の端から零れていくそれをマレウスの真っ赤な舌によって舐め取られる。肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返すリリアはその光景を茫然と眺めつつ、じわじわと下腹部を中心に全身に広がる熱に五感が研ぎ澄まされていくのを感じ取った。
 微かに聞こえるマレウスの息遣いや頬を滑る髪の毛のくすぐったさ、火照った身体に伝う汗のにおい。そして、リリアに覆いかぶさっている彼の楽しそうな満面の笑みに視界が奪われる。動くことを忘れたように静止した状態のこちらを見てマレウスは喜色を隠さず、愛おしそうに名前を呼ぶ。
「リリア……」
「──ひっ!? ふっ、あ、あっ……? な、なに、っ、なんじゃ、これ……っ!? あ、あああぁぁ……っっ!!?」
 マレウスがシーツに投げ出されていたリリアの手を握る、たったそれだけの仕草で身体中に衝撃が走った。それが快感と呼ばれるものだと気づけないほど初心ではなく、けれども脳を揺さぶるほどの感覚を一気に与えられたせいで思考が上手く纏まらない。ありえないはずの体験に快楽よりも恐怖が勝り手を解こうとするが、どれほどの力で掴まれているのかマレウスの手は微動すらしなかった。
 一つ一つの輪郭を確かめるように爪の先から水かきまでマレウスの指が滑り、二人の手のひらが幾分の隙間もなくぴったりと重なり合う。まるで恋人同士みたいな行為にリリアは顔が熱くなるような気がした。
「あっ、ん、なんで、こんな……っ、は、ぁ……んぅ、恋仲、みたいな……」
「──忘れたのか、リリア。僕たちは“恋人”だろう?」
「はあ!? そんなわけ、そんな……、ぁ、あぁ……?」
 マレウスの譫言を一蹴した瞬間、リリアの視界がぶれる。直接脳みそを鷲掴みされながらかき混ぜられているかのように目に映るものが回転し、併せて襲ってくる激しい頭痛に喉からは呻き声が出て身体が小刻みに震えた。
 ここまでお膳立てされればまともに働かない思考回路でさえ現状が正常な状態でないことぐらい理解出来る。これがマレウスの仕業なのだ、とも。けれどこんな状況になってリリアが思うのは確かに自分が彼と“恋人”だったという記憶だ。そんなはずはないと理性が否定するがマレウスの言葉に納得している自分も存在しており、相反する感情に頭がおかしくなってしまいそうだった。
「大丈夫だ、リリア。“ここ”には怖いものなどなにもない。僕たちを引き裂くものなんて存在しないんだ。だから安心して、身を任せればいい」
「ちが、こんな、ふ、っ、んんぅ、こんなのは、まちがって……っ! ぁ、あああぁ……っっ!!」
「間違っていない。そう、間違っていないんだ。“ここ”は、僕とリリアだけの“祝福”の世界なのだから」
「────ぁ、あ────」
 刹那、リリアの脳裏に浮かぶのはディアソムニア寮の談話室でオーバーブロットしたマレウスがこちらに手を伸ばしていた姿だった。まだ自分が正常だったときの光景に、ここが夢の世界でマレウスによって囚われたのだとリリアは全部思い出す。しかしこちらの視界を閉ざすかのように瞳を覆う彼の手によって記憶はまた深い眠りにつき、残されたのは偽りの記憶だけだった。二人は“恋人”で、この行為は全て当たり前のことなのだ、と。
 口をこじ開けて入ってくるマレウスの舌にリリアも自ら己のそれを絡ませ、震えている腕を彼の項にまわす。マレウスの堪え切れない笑い声が耳に届くがそんなことは些細なことで、リリアは反応を示している性器を彼に教えるかのように身体を押し付ける。
 もっと欲しい。身体の疼きを慰めるものが、壊れるくらいの刺激が。それを求めてもいいのだと、リリアはマレウスに教えられたのだから。
 二人の唇が離れ、マレウスはリリアの上着に手をかける。欲しいものをようやく与えられる高揚感に恍惚そうに息を吐く。そんなリリアをマレウスが歪んだ笑みを浮かべながら見つめていると気づかぬままに。
 脱がされた上着は床に落ち、その上にリボンやベスト、シャツが積み重なっていく。
 上半身が裸になったリリアとは対照的にマレウスは肌の露出が全くなく、湧き上がってきた羞恥心に顔をシーツに埋める。それでいて興奮はしているために呼吸は大きく荒くなり、そのせいもあって火照った肌はほんのりと汗をかいて湿っていた。クスッと笑うマレウスの微かな声を耳にしながら触れられるのを今か今かと待ち望む自分が浅ましく思え、じんわりと目尻に涙が滲んだ。
「──愛してる、リリア」
「ぁ、あっ、んんっ、あ、あ、あああぁ……っ!」
 マレウスの指がほんの少し浮き出た肋骨に沿ってリリアの肌を撫でていく。腹部の凹みを手のひらで軽く押し込まれたのち、腹筋の窪みを確かめるように彼の指が滑る。ぞわぞわとしてくすぐったさとはまた違う感覚が背筋に走り、艶めかしい声が漏れ出てしまう。きゅん、と身体のなかが疼き、こんなものではなく直接的な快感が欲しいと訴えかけてくる。
 未だにリリアの身体の輪郭をなぞっているマレウスの手を掴み、すっかり屹立している乳首へと導く。彼の手を使って自慰をするかのように己の薄い胸を揉みしだきながら上目遣いでマレウスを見つめる。
 視線が合ったマレウスは口角を上げ、リリアの指を使いながら乳輪を撫でる。彼と自分の指がバラバラに動くことで変則的な快感を生み出し、段々とリリアの背中が弓なりに反っていく。つま先はシーツの海を蹴りながらぴんと伸び、だらしなく開いた口からはひっきりなしに嬌声と飲みきれない唾液が流れていた。
「んんっ! ふあっ、んぅ……っ! あ、あぁぁっ……! んっ、んんんぅ、ぅあ……っ!」
 マレウスは焦らしているのか乳首には触れて来ず、とても気持ちいいのに物足りないとリリアの指は乳首に触れようと無意識に動いてしまう。
「全く、目を離すとすぐこれだ。本当にリリアは堪え性がないな」
「マレウス……あっ、いや、っ、やだ……、さわって……」
 手を掴まれたことにより愛撫が止まり、燻ぶっている熱を開放する手段を失ったリリアは恥を捨てて懇願する。マレウス、と泣きそうな声で名前を呼べば彼は耳元へ顔を寄せて囁いた。
「触るだけでいいのか? リリアは、僕にどうして欲しい?」
「ふ、ぁ……っ、や、ぁ……んんん……っ!」
「言うんだ、リリア。お前の望みを、僕なら叶えることが出来る」
「あ、あ、ああっ、んぅ、あっあっ、ああぁ……っ!」
 リリアの耳介を舐め上げ、先端の尖った部分に甘く歯を立てるマレウスのせいで次々と涙が零れ落ちる。耳のなかに入り込んでくる舌は淫猥な水音を直接脳に響かせて聴覚を犯し、じわじわと熱だけが身体に溜まって直接的な刺激を得られない現状になりふり構わず哀願した。
「あ、ぁあ……さ、わって、つまんで、んっ、弄って、あっあっんっ……! もっと、気持ちよくしてくれ……っ! イカせて欲しい、マレウス……っ!!」
 その言葉にマレウスは肩を震わせて笑う。心底楽しそうに、大声を上げて、狂ったように笑う彼はそれでいて愛おしそうな視線をこちらに向けながらただ一言「それが、リリアの望みなら」と言った。
「ひ、ぅ! あ、あああっ! あっ、やっ、んんんっ! あっ、い、いいっ、マレウス、ふぁあっ!」
 言葉の通りマレウスは円を描くように優しく乳首に触れ、それだけでも身体を震わせるほどの快感にリリアは甲高い嬌声を部屋中に響かせた。ピンと立っている乳首の先端を人差し指で転がしながら薄い胸板を膨らませるように揉みしだかれ、痛いのに気持ちいいという矛盾に脳が蕩けていく。また、リリアの身体をマレウスの両手が覆う光景はいやらしく、同時に否が応でも興奮を高めていった。
「あっあっあっ……! い、いいっ、あっ、んんん……っ! いいっ、も、っと、ふぁ、もっと、んっ、して……っ、んうぅ、は、あああぁあ……っっ!!」
 もっと激しく、強く弄って欲しい。なにも考えられなくなるように。──なにも考えなくてすむように。
 リリアは両手を伸ばし、マレウスの首に腕をまわして唇を重ねる。それがさらなる快楽を求めての行動なのか、ただの逃避なのかを考える理性はすでに持っていなかった。
 口のなかを蹂躙する舌に己のそれを絡ませ、ぐちゅぐちゅと淫靡な音を立てながら泡立つ唾液が口の端から零れていく。その間もマレウスの愛撫はやむことはなく、二本の指で乳首をつままれて伸ばすように引っ張られる。
「んぐっ、ぐぅ、ううぅぅ、んんんっんっ! んっ、はぁっ、んんんん……っ!!」
 引っ張られる乳首を追いかけるように背が弓なりに反れ、足が小刻みに震えてしまう。シーツの海に沈んでしまいたいのに身体が言うことを聞かず、マレウスの手に胸板を押し付けるように揺れる。
「んぅ、く、うぅっ! ん、ふぐぅ、んっんっんっ、はっ、あっ……っ!」
 じゅっ、っと最後に舌の先端を吸われてから唇が離れ、マレウスはリリアの両手首をシーツに縫い付けるみたいに押さえ込む。そのまま顔を乳首に寄せて舌の先で突っつかれる。
「あぁあっ!? は、ひうっ……っ、ぅああぁっ、あっあっああ?!」
「ああ、これはリリアの要望にはなかったな。すまない、僕としたことが。──だが、どうやら随分と気持ちが良さそうだ」
「ひっ、あ! そ、こでっ、しゃべる、な、あっ! あ、ああっ……!」
 唾液で濡れた乳首にマレウスの熱い吐息がかかるせいで微かな刺激が走って小さく肩が跳ねてしまう。リリアが顔を涙でぐちゃぐちゃにしているのを尻目に彼はそのまま舌の表面だけではなく柔らかい裏面をも使って乳首を撫でるようにじっくりと舐め上げた。
 電流を受けたみたいに痺れるような快感にちかちかと視界が白く光る。は、と一瞬呼吸を忘れたリリアはそれでも直接性器に触れられていないせいか射精には至らず、勃起しているそれはスラックスのなかで窮屈さを訴えていた。
「は、ぅ……、や、ああぁっ、あ、あ……?」
「確かリリアはイカせて欲しいと言っていたな。フフッ、この様子だと胸だけで目的を達成出来そうだ」
 マレウスの言葉に首を横によって性器に触れてほしいと懇願するが、彼は楽しそうに笑うだけで一向に下半身に手を差し伸べる様子はない。
 このまま胸だけで絶頂を迎えることなど出来ないと思うのに、それでもマレウスなら本当にそうするだろうという確信がある。そうなったとき自分がどうなってしまうのかという恐怖と不安、そしてほんの少しの期待にリリアは知らぬうちに熱の籠った吐息を零していた。
 マレウスから視線を逸らせずにじっと見つめていると、彼は大きく口を開けてリリアの乳首を含んだ。少しだけ頬を窄めて乳首を吸い上げ、同時に舌で転がすように愛撫する。
「んあああぁぁあっ!! あ、あっあっあっ! ふあっ、ん、ぅううう……っ! あぅぅ、うぅっ、あああっ!!」
 強く、時には焦らすかの如く弱く吸い付くというテクニックに翻弄されながらも、まるで赤ん坊のように胸に口を寄せているマレウスの姿にリリアは胸の奥に言いようのない熱が灯る。切なさと愛おしさが溢れて、どうしてか涙が止まらなかった。
 だが身体は快楽に素直でスラックスは先走りで濃い染みをつくり、あと一押しで射精してしまうほどに張りつめている。開きっぱなしの口からはねだるかのように淫らな声が響き、マレウスの名前を呼んだ。
「マレ、マレウス、ひっ、うぅぅ……っ! はっ、はっ、ああぁあ……っ! も、もうや、ぁ! い、いっ、いく、イカせて、ぇ、んあっ、あっ……っ!!」
 フッ、とマレウスが笑った気配を感じ取った次の瞬間、乳首を前歯で優しく甘噛みされる。ただでさえ愛撫され敏感になっているそこへ痺れるほどの強い快感を与えられ、リリアの身体は大きく跳ねた。
「────あ、ぅ、ああああぁぁぁっ!!! あっ、ああぁぁっ……! んっ、んぁあ……はっ、うぁ、あ、あ、ぅ…………?」
 リリアは悲鳴のような嬌声を上げると急に身体に力が入らなくなり、倦怠感に包まれて背中がシーツに沈む。身体の急激な変化に脳が追い付かず、上手く出来そうにない呼吸を必死に行う。その間にも意味の持たない言葉が零れて身体が小さく痙攣し続けている。
「ぅ、ぅ、はっ……はっ、ぁ、ふ、あ……っ」
 脳に酸素がまわり、思考回路が正常に動き始めてからリリアは己が絶頂を迎えたのだと知る。スラックスのなかはびっしょりと濡れて不快感しかなく、叶うのならば今すぐ脱ぎ捨ててしまいたかった。
「上手にイケたな、リリア」
「あ、ぁ、マレウ、ス……」
 マレウスは子どもをあやすかのようにリリアの頭を優しく撫で、頬に軽いキスを落とす。褒められたことにまたしても思考が蕩けるような感覚を覚え、達したばかりだというのに吐息に熱が籠る。
 きゅぅう、と腹の奥が疼く。そのリリアの変化に気付いたのか、マレウスはスラックスに指をかけて「脱がしてもいいか?」と問う。ここまで来て拒否されるとは彼自身思ってもいないだろうにこちらに選択させることで羞恥心を煽っているのだ。いい性格をしている、と思いながらもリリアは自分の欲望に逆らえずに首を縦に振った。
 スラックスから下着へと手が伸びたとき、ぐちょりと小さく水音が立つ。それがリリアの放った精液のせいだと気付かないほど馬鹿ではなく、意識してしまえばそれ特有の匂いを嗅ぎ付けてしまい顔から火が出てしまいそうだった。マレウスは精液が染みついた下着をわざと軽く握ることで卑猥な音を響かせつつ、リリアを生まれたままの姿にする。
 性器を隠すように身を縮ませて横になろうとしたがそんなことをマレウスが許すはずもなく、両膝を掴まれて左右に大きく開かれた。精液と先走りでしとどに濡れている性器をマレウスの眼前にさらけ出す格好となったため、リリアは羞恥からシーツを手繰り寄せて顔を隠す。
「ひっ!? あ、や、いや、だっ、マレウス、わしはイッたばかりで……!」
 射精したばかりで硬度を失ったリリアの性器の根元をマレウスは掴み、精液を塗り込むようにゆっくりと手のひらを上下に動かした。まだ残っていた精液が亀頭から溢れ、それが潤滑液となり彼の手の動きを滑らかなものにしていく。
「あぐ、ぅ、あっあっあっ……! ふあぁ、あっ! んっ、や、ぁ、ひっ、ひぅ……!」
 リリアも望んでいた行為だとしてもまたしても急激に高められていく感覚はいっそ苦しさを覚え、呼吸が引き攣る。やだやだと我を忘れて頭を振り、シーツを握っていない片方の手でマレウスの手を掴んで制止させた。
「リリア、手を離してくれないか?」
「も、触らないでくれ……。おねがい、だから、ゆるし、あっ、んぐっ、う!」
 後孔にマレウスの性器を挿入するだけならばリリアの性器に触れる必要などないはずなのに、彼は萎えていた性器を屹立させるために扱く力を強くする。制止するために掴んでいた手はいとも簡単に離されてしまい、マレウスの行為を止める術を失ったリリアに残された自由はただただ快楽に翻弄される道だけだった。
「あっ、あぁっ、んっくぅ……! ふ、あ! ひう、んんんぅぅ……っ!」
 脈打つ血管を一つずつねっとりと撫でられ、裏筋は指先で擦られる。悲鳴じみた嬌声を上げてもマレウスの愛撫は止まず、亀頭からは絞り出された少量の精液と先走りが混ざって滴り落ちていく。その体液を掬った指先はカリ首に塗りたくるようにぐるりと一回りし、そのまま竿を扱き始めた。
「あ、ぅあああぁぁあ──っっ! あっあっあっああ……っ! ふぁああぁ、あっ、んんっ、ひ、ぃ……っ!!」
 自慰するときとは違う手の動かし方と、自分よりも大きい角ばった指から与えられる快楽にリリアの脳が揺さぶられる。発する声は馬鹿みたいに大きく、ただの言葉の羅列で自分が今どうなっているのかさえわからず、身体と脳が溶けているような錯覚さえしていた。
 直接的な刺激によって再び硬度を取り戻した性器は屹立し、マレウスはそれを扱きながらもう片方の手で後孔へ触れる。
 びくりと瞬間的に肩を震わせたリリアを気にも留めずにマレウスはゆっくりと後孔に指を沈めていく。性器から零れた様々な体液のおかげでそこはしとどに濡れていたために摩擦は軽減され、痛みを感じることもなく彼の指を受け入れた。それでも異物が入ってくる不快感は確かに存在し、リリアは息を詰める。
「ふ、ぐ、ぅ……ひっ、は、ぁ……!」
「……やはり完全に感覚を消すことは出来ないか……」
「なに、なんの、話じゃ……? んああっ!? あっ、んんっ、なんで、こんな、はっ、急に……!? あっあっんんんっ!!」
「大丈夫だ、リリア。すぐに気持ちよくなる」
「あ、ああぁああ……っ! ふぁっ、ひあぁっ、んぐぅ、ううぅうう……っ!!」
 マレウスの言葉の通りリリアが感じていた異物感は消え失せて新たな快感を呼び起こす刺激となり、そのあり得ない現象を、けれどそれがあり得るのがこの世界だという確信を抱いたままただひたすらに乱れる。
 後孔に入ってきた指はまずは浅瀬を解すように優しく撫で、徐々に奥へと侵入していく。そのまま根元まで入りきった指は小さくくの字に曲がり内壁を擦りあげ、リリアは喘ぎ啼いた。制止する気力さえ湧いてこず、酸欠のときのように意識がくらくらと浮いている。
 いつの間にか指の数は二本、三本と増えてリリアの良いところを探すようにバラバラに動いており、そしてついに前立腺を探し当てた。強すぎる快楽に後ずさったのを咎めるようにマレウスは重点的にそこを撫でまわし、時には押し潰すように刺激を与え続ける。同時に亀頭に爪を立てられ、リリアの視界が真っ白に染まった。
「ぁ、あああぁぁああ────っっ!! あ、あ、ひ、い、ぃ……っ! あ、は、は、ぁあああぁぁ……っっ!!」
 二度目の射精は前回のようにわけがわからなくなることはなかったが倦怠感はさらにひどくなり、口からはひゅー、ひゅー、と空気が気管を無理に通る音が鳴る。水の膜で歪む視界のなかマレウスをぼんやりと見つめていれば、彼は手についたリリアの精液を舌で舐め取っているところだった。こちらの視線に気づいたマレウスは目を細め、真っ赤な舌を煽情的に見せつける。彼の袖口にも飛び散った精液と制服の白と黒のコントラストも相俟って官能的に見える光景に反応を示さないようにリリアはぎゅっと瞼を閉じた。
 これだけで終わるとは思ってはおらず、マレウスがこちらの腰を両手で掴んだ時はそうだろうな、という納得さえしていた。
 しかしマレウスはリリアの身体をうつ伏せに反転させ、臀部だけを突き出すような体勢を取らせる。まるで動物が交尾するかのような体位に慌てて後ろを振り向き、彼の名前を呼んだ。
「マレウス! こんなっ、ひっ! あっ、んっぐぅ、ううぅ……っ!」
 先ほどまで指が入っていたことと射精したばかりで脱力していたこともあり、後孔はたやすくマレウスの性器を受け入れる。彼はそのままリリアの背中に覆いかぶさって唇を奪った。
「んっんっ、んぐっ! んっ、はっ、んんん……っ、ぢゅ、むぅ……!」
 シーツを掴んだリリアの手にマレウスは己の指を絡ませてから腰を動かし始める。最初は内壁を性器の形になじませるように浅瀬から最奥までゆっくりと肉を割けられ、最奥まで辿り着いたときは快楽で息も絶え絶えなこちらを落ち着かせるように腰が止まった。
 唇が離れても互いの吐息が感じる距離にマレウスの顔がある。彼の視線は先ほどまでとは違い、どこか不安そうで、縋るようにこちらを見つめていた。
「マレウス……?」
「──リリア、僕はお前を愛してる。愛して、いるんだ……っ!」
「ひあっ、あぅ、んんんんぅっ!! んぁあああぁぁぁっっ!!」
 愛の言葉を囁いたマレウスはいきなり浅瀬ぎりぎりまで性器を引き抜き、次の瞬間には勢いよく最奥まで叩きつける。彼の制服とリリアの肌がぶつかる音が聞こえ、また臀部には微かな痛みが走った。そこで自分だけが全裸だったと思い出してしまい、一度気になってしまえば背中に当たる布の感触や衣擦れの音が耳に入ってくるようになる。
「あ、あぅぅ! あんっ、んんんんっんんっっ、んあぁああっ、あっあっ、ああぁああぁ……っっ!!」
「リリア、リリア……っ!」
 肌を叩きつける音。衣服が擦れる音。汗と精液が揮発し独特な匂いを醸し出し、絶え間なく襲ってくる悦楽に五感の全てが狂っていく。
 マレウスが性器を引き抜くたびに行かないでと訴えるかのように内壁がキュッと締まる。小刻みに最奥を刺激したかと思うと円を描くように腰を揺さぶられ、リリアも自ら腰を前後に振って快楽を求めてしまう。
 一つに溶けていくような感覚。自分と他者の輪郭が曖昧になり、リリアがはっきりとわかるのはただひたすら絶頂に近い快感を与えられているということだ。身体の痙攣をマレウスに押さえつけられてどこにも逃げ場がない快楽が意識を埋め尽くしていく。
「あ、ああぁああ────っっ!! あっ、ひ、いいい、いい……っ! んっ、ふぁあああぁぁああ────っっ!!!」
 嬌声は最早獣の叫び声に近いものとなっていると自分でもわからないまま、唯一自由になる口でリリアは喘ぎ続ける。それでもはっきりとマレウスの声だけは聞こえ、彼も呼吸を乱してこちらの名前を呼び続けていた。
「リリア、リリア……っ! 愛してる……っ! だから、だからっ、……僕から離れないでくれ……っ!」
「ああぁぁぁああ……っ! ひあ、あっあっあっ、う、ああぁあ……っっ!!」
「ずっと傍にいてくれ……っ、離れないで、離さないでくれ……っ!!」
「あ、あっあぁぁああぁぁ────っ! ぅああああぁぁぁぁあ────っっ!!」
 ぐり、とマレウスが最奥を抉るほどに突いた瞬間、精液が叩きつけられるような衝撃でリリアも果てる。彼はこちらに覆いかぶさったままの体勢で長い射精を放ち、聞こえてくる声はすすり泣いているようにも聞こえた。
 ──哀れだ、と思った。
 マレウスに対してと、なぜだかわからないが“世界”に対してリリアはどうしようもなく憐憫の気持ちを抱く。その気持ちは正解の道を閉ざしてしまうと本能で理解していても、どうしても、今、泣いている彼を放っておくことは出来なかった。
 散々快楽を叩き込まれた身体は力が入らず、それでもリリアは未だに握られている指を自ら握り返した。どこにも行かないと、離れないと伝えるように。
「リリ、ア……、リリア、リリア、リリア……っ!!」
 ぼろぼろと子どものように泣きじゃくるマレウスを見つめながら、それでもリリアはたった一言、愛している、とは告げることは出来なかった。
 愛しているの言葉が互いに方向が違うものだと悟ってしまったから、リリアは口を閉ざす。愛の言葉が二人の間に重く降り積もっていくのを理解しながら、それでもマレウスの手を取った以上もう戻る道など存在しなかった。

 遠くから聞こえていた誰かが叫んでいた声は、もう二度とリリアの耳には届かない。

エロを書きたかった作品。まさかの7割エロでちょっと笑った。そして、今回は意図的にリリアちゃんは好きとか愛してるとか言ってません
愛していないわけでも、好きじゃないわけでもない。けれど、同じ想いを返せない。まあ洗脳というか、夢の世界だしね
タイトルはAimerさんの楽曲『I beg you』から。懇願するという意味もあるらしい。マレウス視点での意味でこのタイトルにしました