リリアを好きだと自覚してからマレウスは事あるごとに彼に告白を続けている。
というのも最初に想いを告げたとき、マレウスは柄にもなく緊張していたにも関わらずリリアはまるで子どもを相手にするようにあしらったのだ。
「好きだ、リリア」
「はいはい、知っておる」
マレウスの本気の告白を受け流すリリアは泣き続ける幼いシルバーを抱えて背中を叩いてあやし始める。どうした、腹が減ったか? と息子に言葉をかけるリリアはすでにこちらへ意識を向けておらず、告白を流されたことと彼の対応にショックを受けたマレウスはただただ茫然としていた。
思えば、忙しい子育ての最中に──しかも、まだ二人とも人間の赤ん坊の育て方を良く分かっていなかった時期だ──告白をしたのが良くなかったのだと今のマレウスならば理解できる。だが当時はリリアの態度が告白の返答なのだと思い、振られてしまったのだとひどく落ち込んだものだ。
結果、リリアとシルバーの家から足が遠のき次にマレウスが彼らの家に訪れたときはハイハイも出来なかった赤ん坊は二本足で立ち、元気に走り回るほど時間が過ぎていた。久しぶりじゃのう~とのんきなまま嬉しそうに話すリリアに、こちらは失恋の痛みを抱えているのにと少しだけ苛立ちを覚えたことは内緒だ。
祖母から頼まれた届け物をリリアに渡してすぐに帰ろうとするこちらを彼は話をするぐらい良かろう、と引き留めた。振られたとはいえ、未だ好きな相手に求められて断れるほどマレウスは大人ではなかったため、用意された椅子に腰を落とす。
対面に座ったリリアはほかに喋る相手がいないことも相俟ってか楽しそうな笑顔を浮かべたまま、シルバーの成長具合をずっと話している。彼が言う通り話のタネは尽きないようでリリアの口からはくるくると踊るかのように様々な話が飛び出した。
その自分に向けられた笑顔や楽しそうな様子を見て、マレウスは無意識に口を開いてしまう。
「可愛いな、リリア」
「────は?」
マレウスの呟きがリリアには聞こえたのだろう、彼はあんなに回っていた口をあんぐりと開けたまま茫然とこちらを見つめる。しまった、とマレウスが弁解するよりも先にリリアは耳の先まで顔を真っ赤に染めて小さく戦慄いた。
リリアの反応にマレウスは以前振られたはずでは、と考えてからよくよくあの日のことを思い返せばはっきりと拒絶の言葉を受けたわけではないことを思い出す。
「……リリア」
「な、なんじゃ!?」
緊張のせいか口が乾き、掠れたかのような声でリリアの名前を呼ぶ。もしかしたら望んだ回答を得られるかもしれないという期待とほんの少しの恐怖を覚えながら、もう一度マレウスはリリアへ思いを告げる。
「好きだ」
「ひょぇ!?」
リリアの口から意味を持たない言葉が飛び出る。その短い言葉ではどんな感情が込められているのかマレウスにはわからないが、それでもきっと負の感情はないのだろうと思う。リリアの表情を見れば一目瞭然だ。
「リリア……」
「ちょ、ちょっと待つんじゃマレウス! 少し待て!」
「どうしてだ? リリアはもう僕の気持ちを知っていたはずだろう?」
「は!? 初耳なんじゃが!?!」
「初耳……? そんなはずがない。以前、僕はリリアに告白しただろう?」
「いつじゃ!?!」
「いつって……覚えていないのか?」
「覚えてないも、お主がわしに告白したことなどないじゃろ……?」
かみ合わない記憶に沈黙が流れる。このときになってマレウスは子育てに忙しすぎたリリアが告白を告白として受け取っていなかったことを知った。悲しいことだがもしかしたらマレウスの言葉をちゃんと聞いていなかったのかもしれない。それほどまであのときのリリアは子育てに忙殺されていたのだろうか。もっと手伝えば良かったと後悔しつつも振られたわけではないと理解したマレウスの肩の力が抜ける。
リリアを見れば彼はぶつぶつと「いつの話じゃ……?」「あのときか……? いや、でも……」と呟きながら記憶を掘り返している様子だった。記憶の海を探っているリリアに話しかければ彼は大げさなほどに体を揺らし、上擦った声でマレウスの名前を呼んだ。
「な、なんじゃ!?」
「リリア、先ほどの告白の返答は……」
「ととー! ととー!」
マレウスがリリアに告白の返事を訊ねようとした瞬間、幼いシルバーがリリアを呼びながら扉を開けて入ってくる。服や顔を土で汚し、奇麗に形成された丸い泥の塊を持ちながら自慢をするかのようにリリアの目の前に差し出した。
「ととにあげる!」
「お、おお! シルバー、ありがとうな」
そこでシルバーはマレウスの存在に気付いたのか、元気に「こんにちは!」と挨拶をする。今よりも幼いころに出会ったきりだというのにシルバーはマレウスのことを覚えているのだろうか、親しい人に話しかけるかのように笑顔を見せる彼に戸惑いながらも挨拶を返した。
泥団子を受け取ったリリアはシルバーに汚れを落とすように指示し、彼はわかったと頷いて現れたときと同様にばたばたと音を立てて去っていく。残された二人にはまたしても沈黙がおり、最早告白の返事を聞くような空気は霧散してしまっていた。
それでもリリアは頬を赤く染めながら小さな声で、しかししっかりとマレウスを見つめてこう言ったのだ。
「その、返事はシルバーがもっと大きくなってからで良いか? 別にマレウスのことが嫌とかではなくてな、その、考える時間が、欲しいんじゃ……」
「あ、ああ、構わない」
本音を言ってしまえば今すぐにでも返事が欲しかったが好きな相手に恥ずかしそうに言われてしまえば承諾するしかないだろう。それに人の成長はマレウスたち妖精族にとっては瞬きの間のようなもので、それほど長い時間待つわけではない。
そう、このときのマレウスはすぐにリリアから返答をもらえると思っていたのだ。まさかナイトレイブンカレッジの三年生になっても返事をもらえない事態になるとは知らずに。
シルバーがとと呼びから親父殿と呼び方を変えることになっても。セベクと出会い特訓を開始することになっても、自分たちがナイトレイブンカレッジに入学することになってもリリアはなにかと理由をつけて返答を避ける。ここまで来ればむしろ脈なしなのではとマレウスも考えてしまうのだが、返事を訊ねるたびに愛の言葉を捧げればリリアは顔を真っ赤にして照れた様子を見せるのだから好意を持ってくれてはいるのだろう。
もやもやした気持ちを抱いたまま、それでも日に日にリリアへの想いは強くなる日々を過ごしていたマレウスは現在ディアソムニア寮から去っていく二人に声をかけられずに立ち尽くしていた。
「あの、マレウス様……大丈夫ですか?」
「あ、ああ、シルバーか。大丈夫だ、リリアとセベクなら問題ないだろう」
隣に立つシルバーがおそるおそる話しかけてきたためマレウスは言葉を返しながら談話室のソファーに腰を落とす。
「それに他の者もプロポーズに参加するのだろう? 万が一二人が無理でも誰かが解決するだろう」
「それは、そうですが……」
シルバーは煮え切らない様子でこちらを見つめ、ときおり視線を彷徨わせる。そこに不安そうな色が混じっていることにマレウスは気付いていたがなにも言えずにただただ深い溜息を吐いた。
『オペレーション・プロポーズ』というふざけた名前の作戦を聞いたときにマレウスが真っ先に思ったことは、リリアもプロポーズをするのかということだった。花嫁の条件である高身長をリリアは満たしていないとしても、愉快そうに作戦を話す彼は放っておけば勝手に作戦に参加しそうな勢いであったからだ。思わずリリアが参加するなら自分がと口にするところだったが、彼から国際問題になるから近づくことも許さんと先手を打たれてしまえばマレウスに出来ることはなにもない。納得できぬまま、それでも理解したようにリリアとセベクを見送った。
だが結局はシルバーに心配をかけているのだから王として、また一人の男として未熟なんだと思い知らされる。リリアが告白を受け入れない理由もそこにあるのかもしれないと思考は悪い方へと沈んでいく。
その流れを断ち切ったのは、名前の通り輝くような鋭い意志を持ったシルバーの一言だった。
「マレウス様。俺たちも大食堂へ行きましょう」
「シルバー?」
「俺は、親父殿とマレウス様のお二人に育てられました。僭越ながら、お二人の気持ちも知っているつもりです。だからこそ、今マレウス様が悩んでいることは親父殿しか解決できないと理解しています」
「…………」
「俺も、嘘だとしても親父殿が自分の気持ちを偽ってプロポーズする姿は見たくありません。止めましょう、マレウス様」
「良いのか、シルバー」
マレウスがどんな理由であれ大食堂へ向かうという事は、大小関わらず問題が発生することがほぼ決定事項となる。ゴーストに求婚しなかったとしてもその場にいたという事実だけで様々な憶測を呼び、それこそリリアの言っていたように国際問題に発展する可能性は十分にあるのだ。お目付け役で護衛の立場であるシルバーにも起こる事態に対する責任の一端が生じてしまう。
だがシルバーはマレウスの確認に対して穏やかに笑い、言った。
「もちろんです。俺にとって、親父殿とマレウス様が幸せになること以上に大切なことなんてありませんから」
「……リリアは、良い息子を持ったな」
「ええ、二人の父親が俺を大切に育ててくれましたから」
“二人”と言ってくれたシルバーの信頼に応えようとマレウスも心を決める。
一度だけゆっくりと瞼を閉じ、次に目を開けたときにはしっかりとシルバーと視線を交わしてから指をパチン、と鳴らす。その瞬間、二人は大食堂に姿を現したのだった。
見知った人物たちのざわめきが聞こえるなか、一際大きな声でマレウスの名前を呼んだのはセベクではなくリリアだった。驚愕と焦ったような声に導かれるようにマレウスはリリアのもとへ歩を進める。
「マレウス!? お主は来るなと言ったろうにっ!」
「リリア」
今、オペレーション・プロポーズがどんな状況なのかマレウスには興味がなかった。けれど他の人物の頬についているような手形の後がリリアにはついておらず、おそらく彼のプロポーズ前に間に合ったことにまずはほっと胸を撫で下ろす。
花嫁のゴーストや捕まっているシュラウドがなにか叫んでいたがそれらすべてを無視してマレウスはリリアの前で片膝をつく。王が片膝をつく意味など一つしかなく、意図を悟ったリリアがハッと息を飲む。途端に周囲のざわめきが大きくなるがマレウスにはもう彼らの声など聞こえていなかった。
リリアの手を取り、彼の手の甲に唇を落としながらマレウスは口を開く。
「愛している、リリア。僕と結婚してくれ」
「ひょぇ!?」
マレウスの告白を初めて聞いた時と全く同じ声を上げながらリリアは耳まで紅潮させながら肩を跳ねさせる。この後、いつもなら我に返ったリリアが返事を保留するのだが今のマレウスはもう彼を逃がすつもりなどなかった。たとえそれで断られることになっても、だ。
「リリアがたとえ嘘だとしてもプロポーズする姿を見たくはない。それほどまで僕はお前を愛している。出会った時から、ずっと僕にはリリアだけだ」
「ぅ、あ……」
茹でだこのように真っ赤になっているリリアの姿は今まで見てきたなかでも一番愛おしく思え、マレウスの頬が自然と緩む。もう一度真摯に想いを告げれば、リリアもまた意を決したかのように言葉を放つ。
「わしは、お主に対して隠し事をしておる。ともすれば、それはお主にとってひどい裏切りだと感じることになることかもしれん。それでも、わしはお主にその秘密を告げることが出来ぬ。これはわしが一生抱えなくてはいけないものだからじゃ」
リリアは一度だけ目を伏せたまま悲しそうに笑う。その痛々しい姿にマレウスはリリアの手を握りしめた。
「それでも、お主が良いと言ってくれるなら。これから先、起こるであろう困難もともに歩んでくれるというのならば、わしもまたお主と歩みたいと思う」
リリアはマレウスの手を握り返すように指を絡ませ、涙をひとしずく零しながらもそれでも幸せそうに微笑んだ。
「わしも、お主を愛しておる。お主よりも先に、わしはずっとお前に恋をしていたよ」
リリアの言葉を聞いてマレウスはいても立ってもいられずに人目を憚らずに彼を抱きしめた。一瞬驚いた声を上げたリリアだったがそれでもすぐに仕方ないとばかりに抱きしめ返してくれる。そのことが言い表せないほどに嬉しく、ようやく片思いが実ったのだとじわりじわりと身に染みていく。
そう、ここが大食堂で全員がなんとも言えない表情でこちらを見ていたことなど気にすることはなく。ゴーストに囚われていたイデア・シュラウドが大食堂に響くほどに「リ、リア充爆発しろ~~~~!!!!」と叫んだ声も耳に届くことはなく。
この日を境に学園一のバカップルと呼ばれることなる未来など当然知る由もないのだが、そんなことを考えられないくらい今のマレウスは幸福で満たされていたのだった。
Xにてふと思い立ったアンケートで一位だった「真面目に口説くマレリリ」でした。口説くというか…プロポーズ?
私はずっとゴスマリ衣装のリリアちゃんパーソナルストーリーが最高にマレリリだと言い続けます。みんな見よう!
タイトルはutena様のお題から。ちなみにpixivでは愛を灯してというタイトルです