One and One

逆さまの蝶

 今日も雨が降り続いている。止むことのないそれはずっとアルベールの体を、心を濡らしていく。人々の賞賛や騎士団からの信頼も雨を止めることは出来ない。たった一人、その雨を止めることが出来るはずだった人物はもうアルベールの隣に経つことはない。雨音は絶えず鳴り響き、アルベールの心を蝕んでいく。
 ――どうして気付かなかったのだろう。どうして彼を信じ続けることが出来なかったのだろう。
 頭に浮かぶのはいくつものあり得たはずの未来。それをアルベールはつかみ取ることが出来なかった。たった一人を救うことも出来なかった自分が英雄などと呼ばれる資格なんてない。英雄様。そう呼ばれるたびに何も聞きたくないと耳を塞いでしまいたかった。いっそ叫び出したかった。自分は英雄なんかじゃない、本当の英雄は彼だ、と。
 誰よりも愛していて、誰よりも理解していたはずの彼はアルベールのせいで国を去ってしまった。きっと彼はこんな感情を自意識過剰だと言うのだろう。君のためじゃない、あくまでも国のために最善の道を選んだだけだと。いつものように皮肉めいた口調で。
 容易に想像できる言葉は、けれどももう二度と聞くことが出来ない。声が聞きたい。彼の慣れ親しんだ声を聞けるのならば、己を詰る言葉や憎悪の感情でも何でも良い。
 彼の姿を見たい、会いたい。けれど、会えない。
 雨は今もアルベールに降り続いている。すっかり冷え切ってしまった心身を温める術をアルベールは知らない。
 ふと窓に映る自分の姿はたった一人だ。彼が隣にいないことが鮮明に浮き彫りになる。だからアルベールの雨は止むことがない。彼の体温や声、仕草も何もかもを覚えていたはずなのに記憶の風化が止まらない。あの笑い合っていた日々、彼はどんな表情をしていただろうか。そしてアルベールもまたどんな風に笑っていたのだろう。それを教えてくれる人物は誰もいない。
 体が震え、喉が締まって息が出来ない。溢れる雨が止めどなく頬を伝う。
 会いたい。話したい。愛したい。愛されたい。
 もう二度と叶わないとわかっていても、アルベールは願わずにはいられなかった。

 ユリウスを失ったあの日から、アルベールにはずっと雨が降り続けている。

人同士

 ユリウスとのキスはいつだって軽く触れるものから始まる。アルベールの唇はユリウスのそれで優しく挟まれ、くすぐったさで声を洩らせば後頭部に手が添えられる。それを受けてアルベールもまたユリウスの頭に手を回し、二人の身体を寸分の隙もないほどに密着させた。触れ合うだけじゃ足りなくなったタイミングでアルベールは僅かに開いている相手の唇に舌を入れる。
 二人がした初めてのキスのときからユリウスは決して自分から舌を差し入れようとしたことがない。一度その理由を訊ねて、とてつもなく恥ずかしい愛の言葉を囁かれて頬を赤く染めたのは記憶に新しい。
 ただ、アルベールはそれだけが理由ではないと気付いている。
 気付いたのはユリウスの寝顔を見たときだろうか、それともただ触れ合っていたときかもしれない。ユリウスがアルベールに向ける感情に恐怖と不安が混じっているとわかった瞬間から、アルベールは羞恥心を捨てて自ら積極的に舌を絡ませることにした。不安に思うことや幸せを失うかもしれない恐怖を感じることはないのだと、愛してるの言葉だけでは足りないユリウスを全身全霊で安心させてあげたかったからだ。
 そんな己の態度にユリウスは気付いているのだろうか。きっと気付いているはずだ、とアルベールは思う。そうでなければこうしてユリウスとの口づけに胸一杯の幸福を感じるはずがない。
 アルベールから主導権を奪い取るようにユリウスのぬるりとした生温かい舌が口内を動き回る。時折背筋にぞくぞくとした快感が走り、それを誤魔化すようにアルベールも翻弄する舌に己のそれを絡ませた。どちらともわからない唾液を飲み込みながら自然と激しくなるキスを繰り返していれば息苦しさが迫り、アルベールはユリウスの髪を引っ張り限界だと訴える。
 すんなり離れる唇に一抹の寂しさを感じながら、アルベールは荒い吐息を落ち着かせることで精一杯だった。ユリウスは後頭部に添えていた手をアルベールの頬へと動かし、額に唇を落とす。その時のユリウスの表情を知っているのは、世界で唯一、アルベールだけだ。
 ユリウス自身だって知らない表情を見るたびに、アルベールは思わず笑みを浮かべそうになる。そして、思うのだ。きっといつか、ユリウスの不安は消え去って、二人の未来は光で満ち溢れるのだろう、と。
 なぜならユリウスが浮かべた表情は、ただ愛しいという感情だけが溢れているのだから。

タイトルは曲名から。2019年ぐらいに書いていたらしい作品です
恋人同士という曲は可愛い歌詞なので他の作品でも聴きながらイメージを膨らませていた記憶があります