One and One

恋獄

 キマイラユリウス×アルベール バッドエンド

 アルベールが目覚めた瞬間に目に入ってきたのはいつもと変わらない親友の姿だった。
 霧がかかったようなぼんやりとした意識のなか、そっとユリウスへ手を伸ばす。その動作に気付いたユリウスは穏やかに微笑んでアルベールの名前を恋人に囁くかのように呼んだ。
 くらくらと揺れる感覚に急激な不安を覚えたアルベールは掴まれた手に力を込める。どこにも行かないように、もう二度と離れないように。
 そこまで考えて、はたと首を傾げる。
 ユリウスがアルベールの元を離れたことなど一度もなかったはずなのに、どうしてそんな風に感じてしまったのだろう。
「ぅ、あ……」
 がんがんと金槌で殴られているかのように頭が痛い。立っていられないほど──そもそも、アルベールは自身がどうなっているかもわからなかった。
 どこにいて、どんな体勢をしているのだろう。痛みが酷くて目が開けられず、アルベールは震える手で自分の身体に触れて確かめる。
 ぴちゃり。
 その水音ははっきりとアルベールの耳へと届いた。身体が濡れている。水ではない、もっとどろりとした生温かい液体で、全身が濡れている。それと同時に香る鉄の匂い。
 ──頭が痛い。瞑っているはずの視界は真っ赤に染まっており、ともすれば痛みで叫び出しそうだった。
 ユリウスがアルベールの名前を呼ぶ。その瞬間、アルベールを苦しめていた痛みがまるで魔法のように消え去った。おそるおそる目を開けば、変わらない微笑みを浮かべたユリウスがアルベールの視界をうめる。
 何も心配することはない、とユリウスは言った。アルベールはそれを受けて、小さく頷く。
 自分がどうなっているのか、どこにいるのかなどの疑問はもうアルベールの頭の片隅にも残らない。
 顔を寄せるユリウスを受け入れ、アルベールは瞳を閉じる。唇に落とされるキスにアルベールはうっとりしながら彼の首の後ろに手を回した。
 頭の冷静な部分ではどうして自分と彼がキスをしているのだろうと自身に問いかけている。けれどもその答えは見つからず、問いは泡沫のように消えてアルベールはただ快楽に身を委ねた。
 記憶にない行為でもアルベールの身体はすんなりとユリウスの欲望をその身に受け入れることが出来た。
「あっあっ……! ユリ、ウス……っ!」
 揺さぶられながらもアルベールはユリウスからのキスを一身に受ける。呼吸を奪うキスはアルベールの思考をどろどろに溶かし、身体が己の意思に反して更なる快感を求める。
 がんがんと頭の中で鳴り響く警報。それを止めることも、不審に思うことも出来ずにアルベールはただひたすらユリウスを欲する。
 ユリウスの熱を最奥に注ぎ込まれたアルベールは意識を暗転させ、視界は真っ赤に染まる。
 その刹那、アルベールは確かに真っ赤な血の海に浮かぶかつての仲間の姿を見た。

が望む結末

 アルベールが病んでるユリアル。軽いカニバ描写あり

 アルベールの身体は誰かに見せられるものではない。それは魔物との戦いで負傷した傷があるから、というような名誉な理由からではなく、もっと個人的な──恋人との情事の痕が残っているためだ。
 キスマークという生易しいものではなく、痛々しい歯形がアルベールの身体中の至る所に残されている。食い千切らんばかりの歯形は鬱血痕をつくりアルベールの身体を毒々しい色で彩っており、古いものは瘡蓋になって存在を主張していた。
 これをつけたのは当然恋人であるユリウスであり、彼はアルベールの暴力でも振われたような姿を見るたびに眉を顰めた。何度も性交を止めようと言う彼にアルベールはその都度「大丈夫だ」とベッドへ誘う。
 なにもユリウスはアルベールを傷つけたくてそうしているのではない。現にユリウスがアルベールを噛むようになったのは王を殺害した後からだ。感情が高ぶると、自我を抑えきれなくなるらしい。それは星晶獣に寄生されていたときの後遺症のようなものだ、と初めて噛んだ直後に我に返ったユリウスがアルベールにそう告白した。
 自分が恐ろしい、いつまた自我を失うかわからないと恐怖を吐露するユリウスに、アルベールは心配いらない、と抱きしめる。
 だがそれはユリウスを安心させるための行為ではなかった。自分の表情を彼に見られないようにした結果でしかない。
 ユリウスの告白を聞いてアルベールの心に浮かんだのは薄暗い感情だ。醜悪なそれは甘美なものでもあり、アルベールはすっかりその感情に虜になってしまった。
 もっと傷つけてもいい。詰って蔑んでも構わない。
 その後に我に返ったユリウスが傷ついた表情をするのが、アルベールにとってはたまらなかった。誰でもない、ただ自分だけがユリウスを傷つけられる。そして、己の身体もまた、彼だけが傷つけることが出来る。それはとても素晴らしいことのように思えた。誰も自分たちの間に入ることが出来ないのだ。

 ──誰にも、邪魔はさせない。

 ユリウスをベッドに押し倒す。首筋を曝け出しながら、アルベールは扇情的に舌で唇を舐めた。
 傷つけても良い。ユリウスになら、何をされても構わない。甘く囁き、アルベールは妖艶に微笑む。
 ぐるり、と身体が反転して今度はアルベールがベッドに押し倒された。アルベール、と呼ぶ熱の籠もった掠れた声。捕食者のようにぎらぎらとしている瞳に、ぞくぞくとした感覚が背筋を走る。両手を広げ、今まさに己を喰わんとするユリウスを受け入れる。
 いっそこのまま本当に食べられてしまえたら。そう思いながら、アルベールはユリウスと口づけを交わす。
これから起きる獣のような交わりにうっとり恍惚な吐息を零しながら、アルベールは瞳を閉じた。

この小話2篇は特にお気に入りです。恋獄は好きと言って下さる方もいて嬉しかった記憶があります
以前の後書きでは君が望む結末はもっとカニバ描写強くしたかったとか書いていて昔の私はヤバいなと思いました。これも2019年ぐらいに書いた作品です