あ、と小さな呟きを聞いた瞬間、リリアは考えるよりも早く体が動いていた。その身に似合わない力強さでトレイを突き飛ばす。咄嗟の行動ゆえに体を防衛魔法で覆うことも出来ず、大釜のなかで沸騰していた液体を全身に浴びた。液体を撒き散らしながら大釜が転がり、鈍い音を立てながらガラス瓶にぶつかって砕けていく。そんな光景がどこか遠くの出来事のように思えた。
骨が溶けているのではと思うほどに全身が熱くなり、まるで火炙りにされているようだ。皮膚を掻き毟りたくなる衝動を二の腕に爪を立てることで食い止め、暴走しそうになる魔力を必死に押さえ込む。
ふと気づけばトレイが悲鳴に近い声でリリアの名前を叫んでいる。どうやら彼は傷ついてはいないようで胸を撫で下ろす。相手を安堵させようと笑いかけようとした顔が痛みで引き攣り、それを見た彼が今にも泣き出しそうに表情を歪めた。「大丈夫じゃ」と声をかけようにも口からは荒い呼吸音だけが零れる。
これはまずいと思ったのもつかの間、視界はぐにゃぐにゃと歪み始め、視野の端から真っ暗になっていく。意識を失う前に見たのは、手を伸ばしてくるトレイとその彼を止めているクルーウェルの姿だった。
***
「すまなかった」
ディアソムニア寮の談話室でトレイは目の前の人物に頭を下げている。彼に冷ややかな視線を向け無言で応えるのは寮長であるマレウスだった。横にはセベクとシルバー両名が立っており、腰に下げた剣の柄に手を添えて一触即発の雰囲気を醸し出している。リリアはソファに座りながらその光景を見ていた。
本来であればリリアが仲裁に入るべきだろう。だが、数日前にトレイを庇ったことにより現在の状況がつくられているため、擁護すれば更にマレウスの機嫌が損なうのは明白だった。それだけは避けなければならない。というのも、リリアが救護室に運ばれたのを知ったマレウスが教室を半壊させたからである。セベク、シルバーがあんな風に感情を爆発させた姿は初めて見た、と言っていた。学園長が防衛魔法をかけなければ半壊どころでは済まなかっただろう、とも。
トレイを庇ったのは己の意思で、それによって怪我をしたのは自分の不注意なのだから怒るものではない。そう伝えられれば良かったのだが、当時のリリアは昏睡状態になっていたためにマレウスを止められなかった。目覚めたときにその話を聞かされた衝撃たるや。にこにこと請求書を見せてくる学園長も含めて今後のことに頭が痛くなったのを覚えている。最終的に魔法で教室を直すことを条件に請求はなしにしてもらった。
だからリリアはトレイを庇おうにも下手に口を挟むことが出来ない。しかし、手をこまねいて見ているだけも性に合わないのだ。
ふわり、とリリアは音もなくその場に浮かび上がる。姿を隠すようにと掛けられたブランケットを掴んだままマレウスに抱きつき、彼の頬に己のそれをすりすりと寄せた。以前は人前では決して甘えたり甘えさせたりはしなかったが、救護室で周囲の目があるなかキスをされた後では今更だ。意識が朧気だったリリアにマレウスが血を与えるために取った手段が口づけだったのだが、そのせいで恋人同士だと明るみに出てしまった。
ちらりとシルバーに目配せをする。彼はきちんとリリアの意図を察知したようで、トレイとセベクを連れて談話室を出て行った。
「マレウス」
少し叱るように恋人の名を呼ぶ。リリアは浮いたままマレウスの正面に回って体を横にするように彼の膝上に乗った。邪魔になったブランケットを床に落とせば変化した身体が露わになる。
首筋まで伸びた髪と丸みが増した体。膝までしかないスカートは陶器のように白い足を惜しげもなく見せつけ、ほんのりと膨らんだ胸は存在を主張する。
そう、あの事故からリリアの体は女になってしまっていた。
事故が起きる前、魔法薬学で行っていたのは性質を変化させる薬の調合だ。それを未完成のまま、しかも様々な魔力が混ざり合った状態のものをリリアは全身に浴びてしまった。その結果が性別の変化だけで済んだのは幸運だ。救護室でマレウスの血を与えられたのも良かったのだろう、彼の血があったから自身を保っていられた。
そのためリリアは教室を半壊させたことやトレイに冷たく当たったマレウスを強く叱ることが出来ない。恋人である自分を助けようと必死になってくれた相手に厳しい言葉を投げかけることはしたくなかった。
けれどもやはり、それではいけない。
そもそもリリアがこうなった直接的な原因はトレイではない。彼に降り注ぐはずだった液体は調合の暴発から逃げようとした他の生徒が大釜にぶつかり倒れてきものだ。クルーウェルはその生徒を助けるためにこちらへの対応が遅れ、彼の隣に居た自分が反射的に動いてしまい液体を浴びたという、ただそれだけの話に過ぎない。それなのにトレイは責任を感じて謝罪に来ていた。寮生以外滅多に立ち寄らないディアソムニア寮に、たった一人で。それが人の子にとってどれほどの重圧なのか想像に難くない。特にマレウスと対面するのは畏怖すら感じるだろう。つい先日に教室を半壊させた相手だ、殺される覚悟で来ていた可能性だってある。そんな相手を有無を言わずに威圧するのは決して王がすることではない。誰も許さず処刑する暴君ではなく、正しく慈悲深い君主でいて欲しいのだ。
「わしはこうしてここにいる。だからそう怒るでない。先ほどのアレは、謝罪に来た者に取る態度ではないぞ?」
「リリア……」
「お主がわしのことを思ってくれているのはわかっておる。けれども、それでお主がわしのために王たり得なくなるのは本意ではない」
わかるな、と諭せばマレウスはリリアの肩に顔を埋めてぽつりと呟いた。
「……怖かった」
「マレウス?」
「リリアがいなくなると思って、頭が真っ白になり止められなかった。僕の前でリリアが倒れたのはこれが初めてだろう?」
「まあ、そうじゃな」
マレウスは顔を上げ、雰囲気を和らげながらリリアの頬を撫でる。けれどその表情はどこか寂しげで、リリアの胸はひどく痛んだ。
「気づいたんだ。いつか僕が王になったとき、もしも似たようなことがあったらリリアは僕を庇う。自分の命も省みないで、僕を助けるために行動するんだろう?」
「それが、わしの役目じゃからな」
「わかっている。わかっているんだ、それが正しいことなのだと。でも僕はリリアを失いたくない。愛しているんだ」
壊れ物を愛しむかのようにリリアを胸に抱きながらマレウスは言葉を続ける。
「クローバーへの態度はただの八つ当たりだ。いつか僕も同じ立場に……リリアに庇われるのだと目を背けていた事実に気づかされた、その腹いせをしてしまった」
すまない、と謝るマレウスを安心させるように背中をさする。謝らなければならないのはリリアも一緒だ。軽率な行動のせいで彼に心配をかけてしまったのだから。それでもリリアはトレイを庇ったことを後悔しておらず、また、マレウスのいうとおり彼に危機が迫ったら命をかけて守るだろう。それが己の役割であり、使命でもある。なにより、愛している相手を守りたいと思うのは当然のことだ。
リリアは身動ぎをしてマレウスの腕の中から抜け出す。相手の顔に両手を伸ばし、互いの額を合わせた。
「わしもすまなかった、心配をかけたなマレウス。じゃが、わしは死なん。セベクやシルバー、そしてお主がいる限り絶対にな」
「本当か?」
「ああ、リリア・ヴァンルージュの名において誓ってみせよう。それから、ありがとうマレウス。命を救ってくれて、愛してくれて。わしも、お主を愛しておる」
ふるり、とマレウスの瞳が揺れる。泣いてしまうかと思ったが涙は流れず、彼はリリアを抱きしめながら長く息を吐いた。ずっと不安を抱えていたのだろう。怒っているように見えたのは恐怖を隠すためで、それに気づかなかった自分を恥じた。マレウスの背中を軽く叩けば彼は額を肩に押し当ててくる。その仕草が幼少期に戻ったようで可愛らしく、リリアは小さく笑った。どうしようもないほどに愛おしさがあふれ、感情のままにマレウスのいたるところへ唇を落としていく。ちゅっ、とわざと音を立てれば彼は咎めるように名前を呼んだ。
「リリア、あまり僕を煽らないでくれ」
「なに、マレウスがいじらしくて可愛らしいのが悪い。ふふ、我慢する必要などないのじゃぞ? 女子になってもわしの命や体はお主のものじゃ」
「っ、だが、もし子どもが出来たら……」
「わしとお主の子どもならさぞ可愛らしいじゃろうな。……孕んでも良いのじゃぞ?」
その言葉にマレウスは体を離し、ひどく驚いた様子でこちらを見つめる。視線を受け止めたリリアは己の腹部に両手を当てて慈しむように言った。
「お主が本当にそれを望むなら、わしは構わぬ。わしに愛され、お主に愛される子はきっと誰よりも幸せになるだろう。どんな困難だって超えていけるほどに、愛に満ちあふれている未来を歩めるはずじゃ」
そうは言ったものの、現実は上手くいくはずがない。いずれマレウスは王になり妃を娶らなければならず、同性であるリリアがその座につくことは不可能だ。たとえ今のように女になったとしてもせいぜい妾がいい妥協点だろう。
しかし、マレウスが本気で望むのならばリリアは性別を変え、子を育てることを叶えてやりたいと思う。その後、一生男に戻れなくなっても構わなかった。
それが、リリアのマレウスへの想いの覚悟だ。
「んっ、ふっ……」
マレウスはリリアへ触れるだけの口づけをする。
「学生の身でそんなことをしたら退学になってしまう。卒業してから二人で考えよう」
真剣な瞳でマレウスはリリアを射貫く。その瞳には迷いがなく、想いの覚悟への返答を受け取った気がした。それからくつくつと笑う。
「ふっ、くふふ。そう、そうじゃな。それは勘弁願いたいものじゃ。では、えっちなことはお預けじゃな」
「……キスもお預けなのか……?」
「まったく、いやらしい子に育ったのう」
しょんぼりと寂しそうに呟いたマレウスをからかいつつ頭を撫でる。それから彼の手を取って膨らんだ胸に当てた。
「先ほどの言葉は嘘じゃ。えっちなこと、いっぱいしても良いぞ? どうせこの変化はあと数日も持たん。妊娠も無理だろう」
「そうなのか?」
「元々未完成だった薬で完全に女体化するのは不可能じゃ。それにお主の血をもらっておるからわしの魔力も安定してきておる。薬の効力はもう切れるじゃろう」
悲しそうでありながらも、どこか安心している表情を見せるマレウスにリリアは苦笑いを浮かべた。真剣に考えてくれたことを茶化したようで心が痛かったが、将来のことを思量するには彼はまだ若い。それにたとえ学園を卒業したからといってすぐに婚約だなんだという話が浮いてくるわけがなかった。そんなことを許すほどリリアは耄碌しているつもりはないのだから。
「ほれ、こんな機会は滅多にない。楽しまなくては損じゃぞ?」
未だ躊躇しているマレウスの手の上からリリアは自身の胸を揉む。大きいとは決して言えない胸は、けれども男のときとは違う柔らかさと弾力がある。そのことに気づいた彼が頬を赤く染めるのを悪戯が成功したとばかりに見ていた。
「……リリア」
拗ねたように名前を呼ぶマレウスに謝りながらリリアはキスをする。
「ふふふ、すまぬ。早くベッドの上でお主に愛されたいと考えたら我慢が出来なくなってしもうた。さあ、ここまでお膳立てされてもお主は手を出さないのか?」
発言を聞いたマレウスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ「手加減出来ないかもしれない」と呟く。その言葉に、リリアは声を上げて笑ったのだった。
***
抱きかかえられたままマレウスの寝室に移動したリリアはそのままふかふかのベッドに優しく落とされる。一級品の寝具はとても肌触りが良く、思わずそれらに顔を押しつけて心地良さに酔いしれた。
零れてしまう笑みを聞いたマレウスは「リリアの部屋と同じものだろう?」と肌触りを確かめる。ベッドに腰掛けている彼に寄り添いながら、リリアは言った。
「好きな人の部屋というのはいるだけで楽しいからのう。たとえ同じ寮室だとしても、お主の部屋というだけでわしには一つ一つが輝いて見える」
リリアは仰向けに寝転んだままマレウスに両手を伸ばす。それを見た彼が顔を近づけてきたので相手のうなじに腕を回し、胸元に引き寄せた。
「いっぱい我慢させたな、マレウス。もう遠慮はいらんぞ」
許可を得たマレウスはリリアの制服のリボンを唇で食んだ。衣服が擦れる音がした直後にリボンがシーツに落ちる。彼は顔を上げ、ボタンに指を掛けて丁寧に外していくが、白い肌から見えた膨らみに一度動きを止めて再度確認を取った。
「本当に良いのか、リリア。僕は女性を抱いたことはない。優しく出来るか自信がない……」
「ずいぶんと弱気じゃのう。大丈夫じゃ、マレウス」
リリアは微笑む。そして愛しさと期待、情欲を込めた声色で囁いた。
「お主が優しくなかったときなど、一度たりとてなかったよ」
言い終わるが否や唇をマレウスのそれで塞がれる。月並みな表現だが呼吸を奪うほどのキスにリリアは恍惚としながら目を閉じた。いつもは優しく触れてくるキスが荒々しくなるとこうも興奮するのかと頭の片隅で思う。そんなことを考えられた余裕は、縦横無尽に動き始めた舌によってなくなってしまったが。
自らも舌を動かし、相手のそれと絡ませどちらともわからない唾液をこくこくと飲み込む。二人の魔力が混ざり合って一つになり体内に入ってくる感覚は言葉にならないほどの悦びだ。声には出さずに仕草でもっととねだる。おねだりを聞いたマレウスがベッドに乗り上げてきてベッドのスプリングが軋んだ。リリアに覆い被さるマレウスは後頭部に手を添え角度を変えて口づけを深める。感じ入ったくぐもった声が洩れるが、その音を飲み込んでしまうかと思うほどにキスが終わらない。待ちきれないと相手に身を寄せれば、ふいに触れたマレウスの下半身が既に反応していることに気づいた。
瞬間、体の下腹部がきゅうと熱くなる。初めての感覚にリリアの口から思わず小さな声が零れ、マレウスはキスを止める。心配そうにこちらを見つめる相手の仕草は幼ささえも感じるのに、唇は二人の唾液で淫靡に濡れていた。そのギャップに陶酔したようにリリアは声を震わせた。
「……マレ、ウス」
呼気に熱が籠もる。それはキスだけのせいだけじゃない。どうしようもなく興奮しているからだ。確かに女体では初めての行為だが、それだけではないのは明白だった。
――孕ませて欲しい。
そのようなことをリリアは考えてしまった。妊娠が出来ないと自分で言ったにもかかわらず、マレウスの種子が欲しいと体が疼いている。奥を暴いて、熱を注いで欲しい。堪えなければと思えば思うほどその欲求は膨れ上がり、昂ぶっていく。我が子のように育てた子に欲情している。その羞恥は計り知れず、顔を紅色に染めて瞳を潤わせた。はしたない自分を気づかれたくないと、そっと相手から顔を背ける。が、それを咎められおそるおそる視線を戻せば、マレウスは目を細めながら唇で弧を描いていた。
「こんなリリアを見るのは初夜のときぐらいか?」
「そんなこと、よく覚えておるな」
「リリアとのことなら全部覚えている。逆にリリアは覚えていないのか?」
「忘れるわけがなかろう」
マレウスとの思い出なら全部覚えている。たとえ何十年、何百年前の記憶だとしても鮮明に。そして、それはきっと相手も同じだ。
マレウスの長い指が全てのボタンを外し、リリアは上半身をさらけ出された。ブラジャーを着けていないのを見た彼は微かに眉を顰めた。リリアの大きくはない、けれど整った形をしている乳房から腹部までをマレウスが撫でる。体のラインを確かめるように時折揉みしだき、丸みを帯びて柔らかくなった身躯を楽しんでいる様子だった。だが触られている本人としてはただ焦らされているとしか思えず、己の内太股を擦りつけてしまう。その動きに気づいていないのか――多分、気づいていて無視をしているのだと思うが――マレウスは控えめな乳房を肝心な部分に触れないままやわやわと揉む。意地悪い相手にリリアが非難じみた瞳を向けるとふっと鼻で笑われ、それから指で胸の突起をこねられた。
「ふ、ぅ……!」
マレウスは硬くなってきた突起を親指と人差し指でつまんで軽く引っ張る。微かな痛みは今のリリアにとっては快楽のスパイスにしかならない。それどころかもっと酷くされたいと感じる。彼がそれを察知したかは不明だが、指の動きは段々と遠慮がなくなっていった。屹立した突起を元に戻すようにぐりぐりと押し潰され、今度は優しく指の腹で転がされる。楕円を描くように乳輪も撫で上げられ、リリアは体を震わせながら喘ぐ。そのたびに小さな胸が揺れるのが羞恥を煽った。
少し甲高くなった声を聞かれたくないとリリアはマレウスにキスをする。マレウスの舌がリリアの口内を蹂躙していく。歯列をなぞり、舌先を吸われ、唾液を直接流し込まれる。その間も止まない愛撫に体を跳ねさせつつ彼の制服に手を掛けた。快楽で思うように動かない手で相手のネクタイを解く。それからブレザーに指を伸ばしたのだが、次の瞬間、胸の突起を弾かれる。
「んっ!? んん、んぐ、ううぅ!」
リリアは強い刺激に目を見開き、くぐもった嬌声を上げた。
驚いて唇を離せば糸を引いた唾液が二人を繋いでいるのが見える。ぷつりと切れた糸がシーツに落ちていくのをぼんやりと目にしていた。その間にマレウスは自らブレザーとワイシャツを脱いで床に放り投げる。いつもなら行儀が悪いと叱るところだが、この状況で口にするのは無粋であろう。
シルバーやセベクには及ばないとしてもマレウスの鍛え上げられた腹筋にうっとりとした息を吐く。美しい肉体。彼は魔力の純度が高く、まるで宝石みたいだと感じるがそれと同じくらい――いや、それよりも彼の身躯は綺麗だと感じる。もしもマレウスが人間であったならポムフィオーレ寮に選ばれていたかもしれない。そう思うほどに完成された美を体現していた。
そして、そんなマレウスに触れることが出来るのはリリアだけで、彼が触れるのも己だけなのだ。その事実に昂ぶるなという方が無理である。もっと触って欲しいとリリアはマレウスの手に己のそれを添え、さらに動きを激しくさせる。こりこりとした突起をくるくると転がして自慰をしているかのように一人で快楽を昂ぶらせていく。はしたないと理解していても体は言うことを聞かない。名前を呼んだ声はリリア自身でも驚くほどに甘く、淫らであった。その誘いを聞いたマレウスはもう片方の突起を舌で舐める。
「ああああぁあっ! んっ、はっ、あああぁっ、んんっっ……!」
悲鳴のごとく嬌声を上げたリリアを見てもマレウスは行為を止めず、それどころかわざと音を立てながら突起を吸う。その刺激に背を弓なりに反らしたせいで相手の口元に自ら胸を当てているかのような体勢になってしまう。突起の下から上をゆっくりと丁寧に舐められ、あめ玉のように転がされる。淫猥な水音が聞こえるたびに脳が沸騰し、なにも考えられなくなる。それでいて胸を揉んでいるマレウスの手にリリアは己の手を添えたまま、時折自らの意思で胸を刺激していた。いやらしいことだとわかっているのに止められず、きゅぅ、と腹の奥が疼く。恥部を確認するまでもなく濡れていることを自覚してしまった。
だから、突起を触るのを止めたマレウスの手がそこへ伸びたとき、リリアは羞恥よりも歓喜に震えたのだった。
女性ものの下着――ちなみに下着や女生徒の制服一式は購買部で揃えた。なぜ男子校で販売しているのかは流石に聞けなかった――にマレウスの指が触れる。だが彼は下着を脱がすことなく、生地の上から恥丘の真ん中をなぞった。その瞬間、リリアの優れた聴覚はくちゅりと湿った音を拾い上げてしまう。
「ぅ、ぁ……っ!」
触っただけで音が聞こえるほどに愛液が零れている。ふるり、と身じろいだリリアの額にキスを落としながら、マレウスは一定の速度を保ちつつ割れ目を下から上へ何度も往復させる。媚肉をふにふにと揉まれ、淫らに叫んでしまう。
そしてついに割れ目の一番上にある秘芽に触れられた。
「んん!? ん、っ、あ、あああっ!」
リリアは陸にあげられた魚のように体をびくびくと跳ねさせ、ひっきりなしに喘ぐ。
男のときとは違う快感。解放されない熱が全身をぐるぐると巡り出口を求めている状態が続いている。男であれば射精という形で欲望を解放出来るが女ではそれが出来ない。終わりがないのかと錯覚するほどの快楽に恐怖と少しの興奮を覚えた。
女となった体は本能的にどうすれば良いのかわかっているのか、秘部が切なく収縮を繰り返す。薬のせいで出来た器官、子宮がマレウスの性器を欲しがっている。その間も彼の中指は恥丘にある入り口を生地の上からほじくり、別の指で秘芽を転がしている。もう我慢出来ないとリリアは震える手でマレウスに触れ、か細く呟いた。
――挿れて欲しい。
返事を待たずにリリアは少し腰を浮かせて下着を脱ごうとする。途中、マレウスが手を貸してくれたためにすんなりと裸になることが出来た。本来であればもっと濡らした方が良いのだろう。けれどもう一秒も待てそうにないリリアは女性器に指をかけ、見せびらかすように左右に拡げた。ぬちゃり、と愛液が湿った音を立てる。
「……リリア」
マレウスが捕食者の瞳でリリアを見つめる。視線の強さにまた愛液が零れてくるのを感じながら、秘部を見せびらかした状態で相手が服を脱ぐのを待った。
屹立しているマレウスの性器が露わになったときは思わず唾を飲み込んでしまった。見慣れたほど体は繋げているが、それでもあの大きさのものが自分の中に入ってくるのだと思えば致し方ないだろう。
マレウスの細い、けれどそれでいて角張った男らしい指が直接窪みにねじ込められ、ぴちゃぴちゃと水音を立てながら前後に動かされる。
「あ、あああ! ひ、ひっ、っ、ぐ……ああ!」
こちらの反応を確かめながらマレウスは指の数を増やしていき、ついには彼と己の指が絡み合いながら中に入ってくる。内壁を引っ掻くように指を折り曲げられ、浅瀬ぎりぎりまで引き抜かれた直後に奥まで入れられる。バラバラに動く指はリリアの弱いところを正確に擦っていく。
「ああ、あ、ぅ、ふ……! ひ、ゃ、ああ……っ!」
継続して与えられる快感に足の爪先が丸くなる。指を引き抜かれたときには軽く達してしまい、足先がピンと伸びた。愛液でベトベトになった自身の指が力なくシーツに落ちる。呼吸を整えるため肩で息をしているリリアの秘部にマレウスの性器があてがわれる。息を飲んだこちらに彼は入れても良いかと問う。小さく頷けばふっと彼が微笑んだ気配がした。
マレウスの手が腰を掴み、秘部に性器を埋めていく。優しさなのか焦らしなのか、ゆっくりとリリアの中に入ってくる質量に淫らな声を上げてしまう。自分の中が彼の性器によって押し拡げられていくのがわかる。痛みと異物感、それと同時に内壁を擦られる刺激に思わず後ずさるが、腰を掴んでいた相手は逃げることを許さないとばかりに自らに引き寄せ挿入を深くした。
「んっ! んんっ、あ、あぁぁ……んああっ!」
膜を突き破り、性器の先端がリリアの最深部をこつんと叩く。マレウスの性器は長く大きいため根元まで飲み込むことは出来なかったが、それでも大半はリリアの中に入っていた。破瓜の証である血が結合部を伝っていく。お腹いっぱいに感じる熱にリリアは痛みだけではない涙を流した。
黙って涙を流すリリアを慈しむようにマレウスは挿入直後は動かず、顔中に軽い口づけを落としていく。涙の跡を親指で拭い、ただただ微笑む彼に胸がしめつけられた。
「うっ、く、ぅ……」
「大丈夫か、リリア。痛いのならもう少しこのままで……」
「良い、大丈夫じゃ。それに、お主だってもう限界じゃろ?」
マレウスの性器は痛いほどに張り詰めている。リリアも男であるためその状態がどれほど辛いかはわかっているつもりだ。それに、恥ずかしくて口には出せないが受け入れている内壁がジーンとしてきて寧ろ早く擦って欲しい気持ちがある。後押しもあってか、マレウスはおもむろに律動を開始した。リリアはシーツを握って迫り来る快楽の波に堪える。
「あっ……んんっ、はっ、ああぁ……っ!」
内壁をマレウスの性器全体で擦られる。抜けてしまうぎりぎりまで引き抜かれ、かと思えば次の瞬間には最奥まで穿たれる。男のときとは違って全身が性感帯になったかのような感覚に頭が蕩ける。快感に支配され我を失うことに恐怖を覚え、リリアは引き千切る勢いでシーツに爪を立てた。
「マレ、っ、マレウス……っ! ふっ、あぁ! んんっ、はっ、ああ……っ!」
段々と遠慮がなくなる律動にマレウスも快楽を得ているのだとリリアは嬉しくなる。好いている相手が無我夢中で自身の体を求めているのに幸福を感じない者はいないだろう。シーツを掴んでいた手に相手の指が絡み、甘美な気分に満たされていく。肉がぶつかる音が激しさを増すと同時に、ベッドのスプリングの軋みは悲鳴のように部屋に響いた。
「んっ!? んん! んっ、ぐ……!」
突如唇を塞がれ驚いたものの、すぐさま舌を絡ませ合う。そのままマレウスは荒々しく腰を打ちつけ、リリアの上げた喜悦を自らの口で飲み込んだ。リリアは空を蹴っていた足をマレウスの腰に回し、中に熱を注ぎ込まれることを望み始める。
「なか、なかにっ……! ふぁんっ! マレウス、ん、んんっ、なか、欲しぃ……っ! あ、あ、ああああぁっ、もっ、もう、いっちゃう、いく……っっ!」
律動に合わせて息も絶え絶えに限界を伝えれば、マレウスも限界だと言う。
「あ、ああああぁ! んくっ、くんぅ! あ、ああああぁぁあ――――っっ!」
一際激しく奥を突かれたリリアは部屋を越え、廊下に聞こえるほどの嬌声を上げながら精を放った。マレウスも小さく呻き、ぶるりと身体を震わせる。
「あ、ひっ、ぃ……っ! あっ、あっ、あぁ……は、ふふ……! はぁー……はぁー…………」
注ぎ込まれた精液にリリアは全身を痙攣させる。酸欠でぐったりとしていれば、マレウスはこちらの頬を撫でながら性器を引き抜いた。精液と体液が混ざった白濁液が結合部からごぼごぼと流れ落ちる。肌を伝う感覚に羞恥を覚えるが疲れた体では処理するのも億劫だった。そのまま汚れたベッドに横になったままでいれば彼も隣に寝転ぶ。
マレウスから伸ばされた腕に抱きしめられる。甘えるように頬を擦り寄せる彼にリリアは穏やかに微笑んだ。マレウスの仕草は先ほどまでこちらを攻め立てていた人物にはとても見えず、心の中で苦笑いを零した。そのような態度を取るからリリアは彼を子ども扱いしてしまうというのに、彼はそのことに気づいていないのだろう。幼少期に見せていたような笑顔を浮かべている。甘えてくる子どもをよしよしとたっぷりと可愛がりながら、リリアは倦怠感に小さく欠伸をした。
「眠たいのか、リリア」
「うむ、少しばかり、な……」
「眠っていい。後始末は僕がやっておく」
「いやいや、流石にそんなことはさせられぬ」
「……ダメなのか?」
こてん、と首を傾げるマレウスにリリアは口ごもる。子ども扱いをしてしまうと考えていたが前言撤回だ。彼はこちらの親心を理解している。その証拠に、折れて頷いた自分を見て彼はにやりと笑う。
「……起きたら、トマトジュースが飲みたい……」
「用意しておく」
「マレウスに用意させたとセベクに知られたら卒倒されそうじゃのう」
「気づかれないようにする」
「お主にそれが出来るとは思えんが……まあ、良い。おやすみ、マレウス」
睡魔が襲ってきたリリアは瞼を閉じる。意識が落ちる直前、マレウスからおやすみという言葉とともにキスをされた気がした。
***
ふよふよ。ふよふよふよ。
女の姿から男に戻って数日後、リリアは浮きながら廊下を進んでいた。目の前には先日ディアソムニア寮に訪れたトレイの姿がある。かれこれ数十分ほど彼をストーカーしているが、このままではハーツラビュル寮までついて行ってしまいそうだ。それもまた面白いと思わず意地の悪い笑みを零す。
そんなリリアの性根の悪さに気づいたのか、トレイは立ち止まりため息を吐きながら振り返った。
「なにか用か、リリア」
「おお、気づいたか。えらいえらい」
その言葉にトレイは苦笑いを浮かべる。わざと気づかれるように行動していたが、それに対して言及しない彼の性格をリリアは好ましいと思う。面倒なことにはなるべく関わりたくない。普通でいたいと思っている人間。そう考え、実際に行動に移すことこそ普通ではないというのに。
「実はマレウスから招待状を預かっておるんじゃ。受け取ってくれるな?」
「はは、拒否権なんて無いくせによく言う」
近寄ったトレイが招待状に目を通し、眉を顰める。その気持ちはわからんでもないと思ったが口には出さなかった。マレウスの招待状はなんというか傲慢さが見え隠れしており、また、圧倒的に言葉が足りない。添削をしても良いのだがそれでは面白く――いや、彼のためにはならないためリリアは一切口出しはしなかった。
「まあ、要はあれじゃ。先日の失礼な態度を詫びたい、ということじゃな」
「そんなこと気にしなくて良いのにな」
言葉の裏はこれ以上面倒ごとに関わりたくないという意味だろう。
だが、リリアはそのようなトレイだからこそマレウスの友人になって欲しいと考えている。おそらく彼は相手の望んでいることを正確に見極めることが出来る。そして手に負えないと思えば、たとえ良好な関係を築いていたとしても手放すことが出来るだろうと踏んでいる。こちら側へ深入りしてこない人物は貴重だ。魔力に魅入られ力を求めて近づいてくる者ほど厄介なものはないのだから。それにマレウスとトレイが友人になって欲しい理由はもう一つだけある。
「大切な友人と恋人が仲違いしているのはわしの本意ではないのでな。わしの顔を立てると思ってくれぬか?」
友人という言葉にトレイは心底驚いたように目を見開く。それから視線を彷徨わせる様子を見て、リリアも珍しいものを見たと驚いた。どうやら照れているらしい。予期せぬ好意には弱いのか、とトレイの新たな弱点を見つけたリリアはほくそ笑んだ。
「……わかったよ、折角のご招待だ。行かせてもらうさ」
「くふふ、良い子じゃのう~。そう畏まる必要もない、ただのお茶会じゃ。そうだ、ハーツラビュルの寮長も一緒に来れば良い。お主がディアソムニア寮に来るとき随分と心配しておったじゃろ?」
「いつ見てたんだか……」
「それは秘密じゃ」
この学園で行われていることはほぼリリアの耳や目に入ってくるが、それをわざわざ伝える必要はないだろう。
「お主が来ること、楽しみにしておるよ」
「ご期待に添えれば良いんだけどな。行くときはお茶会用の菓子を持っていくよ」
「おお! お主のデザートはきっとマレウスも気に入るはずじゃ」
リリアは何度かトレイに菓子を分けてもらっていたため彼の提案を喜んだ。どんな菓子が食べられるのだろうかとわくわくしながら、その日は別れる。
後日、約束どおりにディアソムニア寮でお茶会が開かれた。最初は周囲の目もあって緊張していたトレイだったが、時間が経つにつれ態度は軟化していく。主なきっかけは菓子を食べたマレウスの様子だろう。菓子を食べた瞬間、まるで蕾が開くように彼の表情が綻んだ。美味しい美味しいと次々に菓子を口に運んでいく姿は小動物を連想させる。そんな毒気が抜かれる光景を見てトレイが緊張を解くのは当然のことだと言えた。
どうやら二人は仲を深めたらしく、次のお茶会はいつにするかなどと話を進めていく。それをリリアは生暖かい視線で見ていたのだが、少々胸がもやもやしていた。自分の菓子をあそこまで喜んで食べてもらったことはない。マレウスだけではなく、セベクやシルバーさえも、だ。リリアに芽生えた微かな嫉妬心に気づく者はこの場には存在せず、誰もが気にせず談笑していた。
――そして後日、菓子作りに挑戦したリリアがディアソムニア寮を阿鼻叫喚の地獄絵図にすることになるのだが、それはまた別の話である。
後天性女体化でR-18をちゃんと書いたのはこれが初だったのかもしれません
今読むと恥ずかしくて消したくなったりもしますが、それも思い出です