マレウスはリリアの沢山の表情を知っている。
お気に入りのお菓子を食べられて怒った顔、折角手に入れたレアアイテムとやらをロスト? して号泣している顔、シルバーやセベクをからかって豪快に笑う表情。
そのどれもが、マレウスは大好きだった。くるくるとびっくり箱のように常に表情を変えるリリアが好きで、そして羨ましくもあった。自分が感情を表に出すことをあまり得意ではないと理解していたからだ。
表情筋が硬いぞ、とリリアにマッサージという名目で顔を散々弄られたこともあったが、それでもマレウスの表情は変化がないように思えた。
だから自分に出来ないことをいとも簡単に行えるリリアに視線が行くのは必然で──そして、いつしか恋に落ちていたのだ。
恋をしている。
そのことを自覚したマレウスは大いに困った。たとえ表情に出ていなくても心では大いに困っていたのだ。誰かに相談しようにも今まで相談事は全てリリアにしてきた。まさか「貴方に恋をしています」と相談するわけにはいかない。それは流石のマレウスにもわかることだった。
では他は、と自分の人脈を思い浮かべ、そして相談相手が見つからないという結果に少しだけ落ち込んでしまった。
セベクやシルバーに相談を、と考えなくもないが、セベクに言ってしまえば間違いなくリリアに伝わるだろう。彼は隠し事が出来ない気がする。シルバーの場合は本人に伝わることはないだろうが、彼に言うのであれば「リリアをください」と言わなければいけない予感がする。本当になんとなく、ただの予感なのだが、マレウスにとってシルバーが一番の壁のような気がしてならない。
結局、誰にも相談できないマレウスは本に頼るしかなかった。同性同士の恋愛の方法は載ってはいなかったが、基本的にはアピールすることが大事だということらしい。そしてそのアピールにはプレゼントがぴったりだとも。
ここでまた難問が出てきてしまいマレウスはうんうんと一人唸る。リリアが望むプレゼントは一体なんだろうか。正直リリアのセンスはおかし……少々変わっており、彼が望むものをマレウスはプレゼント出来る自信はなかった。いっそのことどこかの土地を買い取ってプレゼントしようかと思いついたが、多分怒られるのだろうなと理性という名の自分が止める。
マレウスは悩みに悩んだ。その様子を見てリリアもマレウスに話しかけてきたが本人に話すことが出来るはずもない。それではサプライズにならないのだ。
結局、マレウスが選んだのはありきたりな小さな花束だった。なんの意外性も、リリアが好む面白さもない。花の種類が希少というような特別に変わったものでもなく、普通に花屋で買えるようなものだ。
差し出された花束を、リリアは目をぱちくりさせながら受け取った。
「これを、わしに?」
訊ねるリリアにマレウスはただ頷いた。どうしてプレゼントしたのかと訊ねられたらどうしよう、と心の中では冷や汗が流れている。ちゃんと考えてから渡すべきだっただろうかと後悔しているマレウスを尻目に、リリアは受け取った花束を胸に抱えた。
「ありがとう、マレウス」
そのときの、リリアの表情をマレウスは一生忘れることはないだろう。穏やかに、愛しいと訴えるその微笑みを。
そして、恋ではなく愛を知った日を決して忘れることはないのだと思った。
ありがとう、会いに来てくれて。
小さく、風に吹かれれば消えてしまいそうなか細い声でそう呟いた友は、ゆっくりと瞼を閉じた。その瞳がもう二度と開かれることはない。
人間であるが故に避けられない命の終わり。それを見送る羽目になるのはリリアにとっては一度や二度の話ではない。気が遠くなるほどの年月を生きたリリアは数え切れないほどの別れを経験していた。だからといって悲しくないわけではなく、永遠の別れによる寂しさは慣れることはない。
けれどリリアはいつかこの日が来ることを予感していたため、友が心穏やかに生を終えることが出来たことへの安堵の方が大きい。友はきっと幸せだったのだろう、眠るように生を終えた表情がそれを語っていた。一つ長い息を吐き、体温が失われていく友のしわくちゃの手を取った。この手で与えられた数々の楽しさ、優しさは今でも鮮明に覚えている。
そっと手の甲へ唇を落とし、それからマレウスの肩を叩く。
初めて友人を失ったマレウスの心境はリリアには計り知れない。悲しみ、寂しさ。人の生き死にという、自分の力ではなにも出来ない悔しさととてつもない無力感。それらが混ざり合い言葉にはならない感情がきっと渦巻いているはずだ。
茫然としていたマレウスはそこでリリアの存在を思い出したのか、縋るような瞳でこちらを見る。
リリアはその視線を受け止め、それからゆっくりと首を横に振ってマレウスを思いとどませる。妖精族の王だとしても人の生死を操れるものではない、操ってはいけないものなのだ。それは何よりも友への侮辱に過ぎない。
マレウスもわかっているのだろう。でも、納得は出来ないとその瞳が告げていた。
けれども堪えなくてはいけない。これから先、マレウスが生きていく上でおいていかれるという結果は変わらないのだから。
そう、きっとリリアさえもマレウスをおいていってしまう。
それが当然で、自然の摂理だ。リリアはマレウスよりも長い時間を生きているのだから、先に死ぬのはリリアの方だ。
──おいていく? 縋るような瞳で見つめてくるマレウスを?
数々の人を見送ってきたリリアは、そこで初めていつか自分が見送られる立場になるのだと気づいてしまった。
「……リリア」
黙り込んでしまったリリアに不安を感じたのか、マレウスはリリアをすっぽりと己の身体におさめた。とくとくと二人分の鼓動の音がリリアの耳に届く。
「大丈夫じゃ、マレウス……」
まだ心音は止まらない。生きていける。
「大丈夫……」
その呟きは、誰に向けて放たれたものなのか。リリアにはわからなかった。
2021年10月に書いたと思われる作品たち。このときは当時のTwitterで毎日小話更新してましたね。タイトルは全てchicca*様から