One and One

あまいあまいレモンみたいに

「話を聞いているのか、リリア」
「あー……うむ。聞いておる、聞いておる。それでゴーレムがどうしたんじゃ?」
「僕はガーゴイルの話をしていたんだが」
 ぷくりと頬を膨らませるマレウスはいかにも拗ねています、という態度をとっている。今夜は甘えん坊モードだったか、とリリアが対応を間違ったと気づいたときにはもう遅く、先ほどまでの饒舌はすっかり鳴りを潜めマレウスは無言の抗議をしてみせた。
 すまぬと謝りながらそっと身体を寄り添わせてみたがそれでもマレウスはそっぽを向いたままで、これは本格的に拗ねているとリリアは思った。
 どうするべきかとこれまでの育児経験から策を巡らせるが思考は纏まらない。
 それもそのはずで、リリアはネトゲのイベントをクリアーするために完徹したばかりだったのだ。ゴーレムと口を滑らせたのもネトゲの敵がゴーレムだったからだ。気を抜くと睡魔が襲ってくる状態でマレウスのガーゴイル講座は子守歌にしかならない。むしろ起きていたことを褒めて欲しいくらいである。
「拗ねるでない、マレウス。わしにガーゴイルの魅力を伝えるのだろう?」
「……聞いていなかった癖に」
「今度はちゃんと聞くと約束する。だから、話の続きを聞かせておくれ」
「…………」
 マレウスは長いため息を吐き、密着したリリアの頭頂部に顔をぐりぐりと押しつけ、それから囁くように言葉を放った。
「……僕の話がつまらないのはわかっているんだ。リリアだって眠そうにしていたし、以前シルバーに話したらシルバーも眠ってしまった」
 でも、素直に話せるのはガーゴイルの話しかないんだ。
 そう締めくくったマレウスはどうやら想像以上に落ち込んでいるらしく、その儚い様子にリリアの胸がきゅんと締めつけられる。いつも尊大な態度を見せているというのにふとしたときに見せる弱った姿、甘えてくる態度に絆されないわけがない。本当に可愛い子に育ったものだ。
 手を伸ばし、マレウスの頭を撫でる。それから頬に手を滑らせ、顔を持ち上げ視線を合わせる。
「お主は本当に可愛いのう……。確かに口下手なのは問題じゃが、それはおいおい治していけばよい。治るまでずっとわしがお主の話を聞いてやろう」
「治るまでなのか……?」
「くふふ、治った後も聞いてもよいぞ? それこそ、ずっと、お主が望むまで」
 ぱあぁっ、とそのような擬音がつきそうなくらい満面の笑みを浮かべたマレウスにリリアはもう胸が高鳴りっぱなしである。だからつい、リリアは軽く唇を重ねてしまった。
 あ、と言ったのはどちらだったのだろうか。二人とも目をぱちくりとさせ、今し方起こったことを脳が認識しないまま数秒間見つめ合う。

 それから互いに顔を真っ赤に染めて挙動不審になるまであと数秒。親子という関係から恋人になるまではあと──。

って純情

 唐突に、それこそ呼吸をするのと同じくらいにリリアは理由もなくマレウスにキスがしたいと思った。プレイしていたゲーム画面から目を離し、横で書物を読んでいるマレウスに視線を向ける。彼が口元に手をやりながら夢中で書物を読み進めていく姿にちょっとだけときめいたリリアは鼓動が早くなった。
 どんな本を読んでいるのか、と題名を見てみれば世界のガーゴイルと表記してあり、リリアには全く面白そうには思えない。育て方を間違った記憶はないのだが、いかんせんどうしてこんなものを好きになったのかはおそらく永遠の謎である。
 携帯ゲーム機をテーブルに置き(ちなみに目を離した隙にゲームオーバーとなっていた)、くいくいとマレウスの服の裾を引っ張った。少し反応を待ってみたが彼は気づいていないのか本から視線を逸らさない。
「マレウス」と呼びかけようと口を開き、そのまま閉じる。声をかけてしまったらなぜか負けなような気がして、一度その考えが過ぎってしまえばもう名前を呼ぶことは出来なかった。是が非でも相手に反応させたいとリリアの負けず嫌いが沸き起こり、先ほどよりは強い力で服を引っ張った。
 だが、それでもマレウスは反応をしない。ここまで鈍感だっただろうかという疑問を頭の片隅に追いやり、リリアは誘うように身体を密着させる。流石にこれは気づいただろう、とわくわくしながら反応を待ってみたが彼はなにもしてこない。
 わざと無反応なのは明白であり、ここに静かな戦いが始まったことをリリアは感じ取る。互いに相手に反応させたいと思っているのだろう。
 それならばとリリアは「あー暑いのう……」とわざとらしく大声を出し、ワイシャツのボタンを数個外して胸元を扇ぐ。当然身体は密着させたままでマレウスが視線を下に向けたら色々見えるというおまけ付きだ。
「…………」
 無反応。露骨すぎたか、と心のなかで舌打ちしながら今度はブーツを脱ぎ捨て素足になりマレウスの足をつつく。するとぴくりと肩が揺れた相手にリリアはほくそ笑んだ。後は押し続ければいけるだろうと彼の太腿に手を置きながら足を絡ませる。
 はあ、とため息がマレウスの口から零れた。本を閉じ、放り投げるようにテーブルに置いた彼はようやくリリアに向き合い口を開く。
「そんな挑発して、一体なんなんだ」
「お主がわざと無視するからじゃろう~。こんなに可愛いわしが呼んでおるのに無視しおって。お主じゃなかったら許されない所業じゃぞ」
 両手で頬を包み込んでウインクしたリリアをマレウスは呆れた様子で見つめる。それから「それで?」と言葉を促してくる彼に、リリアは待ってましたと満面の笑みを浮かべた。
「実はのう、お主と……」
「僕と?」
「キ、…………」
 そこでリリアは言葉に詰まる。そんな自分をマレウスは首を傾げたまま不思議そうに見ていた。
 お主とキスがしたい、とよくよく考えたら恥ずかしいことを言わんとしていた自分にリリアは冷や汗をかく。別にキスをすることは慣れっこなのだがいざ言葉にしようとすれば羞恥心が全身を支配する。というかそもそも本を読んでいたマレウスに黙ってキスをすれば良かった話であって、相手の反応を待つ必要など最初からなかったのだ。今更そのことに思い立ったリリアは数分前の自分が憎らしく思えた。
「リリア? 具合でも悪いのか?」
 うわーー! と叫び出したくなるこちらの心情を知ってから知らずか、マレウスは金魚のように口をパクパクと開閉させているリリアの額に己のそれを合わせる。
 一気に頬に熱が集まったことを自分でもわかってしまったリリアは、マレウスに視線を合わせないまま震えながら彼の手をぎゅっと握った。
「お、」
「お?」
「お主と、キスがしたい……」
 呟いてしまった言葉はマレウスにも聞こえただろう。二人の間に沈黙が流れ、リリアは彼に視線を向けることが出来ない。恥ずかしさでいっぱいになりもはや瞳には涙が滲んできた。
「……そうか」
 絞り出すように答えたマレウスをおそるおそる見てみれば、彼もリリアと同じように顔を真っ赤に染めている。
 互いに至近距離で顔を赤く染めている光景は滑稽で、どちらからともなく小さく吹き出す。その声は次第に大きくなり、ひとしきり笑った後にリリアはその場でマレウスに押し倒される。
「ふふ、ではリリアが望むとおりキスをしてやろう」
「わしはそんな簡単に満足せんぞ? わしがもう嫌だと言うまで、いっぱいキスしておくれ」
「今日のリリアはずいぶんと甘えん坊だな。そんなリリアも好きだぞ」
 ちゅ、ちゅっと触れるだけのキスが額、頬、瞼など様々なところに落とされる。
「わしも、お主が好きだよ」
 愛を告げた唇にマレウスの唇が落ちるのを見届けてから、リリアはゆっくりと瞼を閉じるのだった。

更新と元データは2023年と書いてありますがおそらく2021年か2022年に書いたと思われる作品。タイトルは全てchicca*様から