目の前にはベッドの上で正座をしている恋人の姿。いつもの尊大な態度は鳴りを潜めてこちらの様子を窺っており、甘えるように名前を呼ばれる。
「リリア……」
「う、うぅ……」
滅多に見せないマレウスの恋人としての我が儘と上目遣いに思わずリリアの口からは苦悩の声が漏れてしまう。挙げ句の果てにはマレウスの頭にしょんぼりと垂れている犬耳がついているような気がしてしまい、なにやら自分が悪いことをしている気分だ。
リリアは心のなかでため息を吐きながら甘いのう、と己を叱咤する。だがどんなものでもリリアはマレウスの望みを叶えてあげたいと思ってしまい、また、それが恋人にしか見せないものだとしたら断るという選択肢など最初から存在しないようなものだ。
「これっきり、じゃからな?」
承諾と取れる言葉を呟いた瞬間にマレウスが満面の笑みを浮かべてバッと両手を広げる。嬉しいという気持ちを一切隠さないマレウスの行動が本当に大型犬のようで、やれやれと肩を落としながらも無意識に頬が緩んでしまう。上着を脱ぎ捨てながらマレウスの太腿に馬乗りになり相手のうなじに両手を回せばぎゅっと抱きしめられる。子犬のじゃれ合いのごとく互いの頬を擦り寄せたあとは優しく穏やかなキスを交わしていく。その間にマレウスはリリアの服を一枚ずつ脱がしていき、こちらの身体を後ろから抱きかかえるようにくるりと反転させる。
「優しくする」
耳元で囁かれた言葉に、リリアは気恥ずかしさを隠しながらぶっきらぼうに「当然じゃ」と言うしかなかった。
「ふ、っ……は、ぁ……」
マレウスの手がリリアの肌を撫でる。視界にチラチラと映るマレウスの制服は自分だけが裸になっているという状況を否が応でも自覚させられ、それから生まれる羞恥心によって感度が高まっていることをリリアは察知してしまう。
──だから嫌じゃったんじゃ、とこっそりぼやくリリアには気づかずにマレウスは心底楽しそうにこちらの身体を愛撫している。長年望んでいたことが叶えられて嬉しいのだろう。リリアとしては恥ずかしさで頬や耳も熱くなり、焦れったさで柄にもないことを口走りそうにもなるためどうしても遠慮したかったのだがつい絆されてマレウスの望みを承諾してしまった。
今更後悔してももう遅いのだが、やはりマレウスの「最初から最後まで僕が準備したい」というお願いを受けるべきではなかったとリリアは思う。
ここでの準備とは端的に言えばセックスにおける挿入に至るまでの愛撫のことだ。今までの行為は愛撫はそこそこにすぐに挿入へと移行するのが常であり、それに対してマレウスが不満を抱えていたのをリリアは薄々勘づいていた。恋人の名誉のためにいえばマレウスが愛撫をおざなりにしていたからすぐに挿入に流れたということではなく、原因はリリアの体質によるものだ。マレウスを含めてドラゴンの妖精は相手を慈しむのが目的なためセックスが長時間に及ぶが、一部動物的本能が強い妖精の種族はセックスの時間が短い。種を増やすことだけの行為と本能に刻まれているからだ。リリアも例に漏れずほとんど慣らさずとも性器を受け入れることが出来る身体になっている。
だから今までは少しだけ慣らしたのちにリリアがマレウスに跨がって性器を受け入れるようなセックスをしていた。それは情緒を大切にするマレウスにとっては不満のある行為だったのだろうとは想像に難しくない。ある日を境に今夜のような願いを口にするようになり、そしてとうとうリリアはマレウスの言葉に首を縦に振ってしまった。
「ふぅ、ふぅ……! っ、んっ、は、あ……っ!」
リリアがこの状況に至るまでのことを思い出している間もマレウスはその指で身体を蕩かせていく。あまり触れられることのない乳首──いつもマレウスは触れたがっていたがリリアがそれよりも直接的な刺激を欲しがっていたからだ──を指の腹で転がされ、リリアはわずかに背を仰け反らせた。こりこりと屹立している乳首を抓み、弾き、時には優しく撫で上げるマレウスの指から与えられる快感に身体は燃え上がり、彼を求める。
それでもマレウスは勃起しているリリアの性器には触れずに両手でぷっくらと膨らんだ乳首を愛撫し、ときおり耳介を唇で食みながらこちらの名前を愛おしそうに囁く。
「ん、あ、あああ……! も、もう良い、あっ、んんっ……!」
直接性器に触って欲しいと告げてもマレウスは首を横に振ってリリアの真っ白な胸板を弄ぶばかりだ。骨格を確かめるように脇の下から腹部、割れている腹筋をなぞる指は時々流れるリリアの汗を肌に塗り込むような動きを見せる。上半身でマレウスに触れられていない場所がないのではと思ってしまうほど彼はじっくりとリリアの身体を慈しんでいた。
「ふ、あ! あ、あっあっあっ……! あ、はっ!」
「ふふ、可愛いぞリリア」
「あ、は、あ、あ……! ふぁ、あ、こ、この、っ、んっ、あ、あ……っ!」
ちゅ、とわざと音を立てながらマレウスは耳やうなじにキスを落とす。駆け引きなしの純粋な愛の言葉を告げるほどに浮かれているマレウスにリリアは全身が燃えるような感覚を覚える。鏡を見なくてもわかるほどに今のリリアは真っ赤に染まっているのだろう。
恥ずかしい。恥ずかしくて今すぐ逃げ出したいくらいだ。悪態をつこうと開いた口からは嬌声が出てしまい、蹴り上げようとした足は力が入らずシーツに皺をつくるだけに留まるのがさらに羞恥心を呼び起こす。
天を仰いだ性器は先端から先走りを零し、竿を伝って後孔を濡らしていく。その感覚にさえ感じ入る声を上げるリリアは快楽が原因ではない涙を流した。
「あ、ううぅ……! こんな、こんな、う、ぅ、あ、あ、あ……! も、マレウス、ぅ……あっあっ!」
「リリア、今夜はもう少し我慢出来るな?」
「あ、んっ、あ、あ、あ、あ、あ! ここ、こんな、もう、もう、むり、ぅ、あっ! う、ううう、ぅ……っ!」
赤子に戻ったみたいにいやいやと首を振りながら泣きじゃくる。身を焦がす欲望が渦巻いているにも関わらず一向に直接的な刺激は与えられておらず熱が解放されないため、リリアは羞恥心と快感で頭のなかがぐちゃぐちゃになっていた。臀部に当たっているマレウスの性器が硬くなっているのに気づき、これが欲しいと腰を揺らしても彼は愛撫を止めることはない。
忍耐力のあるマレウスを恨めしげに睨めば微笑みながら瞼に唇を落とされるが、決して彼は挿入をしようとはしなかった。それでも上半身を愛撫することに満足出来たのか、マレウスの手がようやくリリアの後孔へと伸びる。
皺の一つ一つを伸ばすように縁をなぞり、リリアの先走りを指にまぶしてマレウスは後孔にゆっくりと指先を挿入していく。後孔はいともたやすくマレウスの指を飲み込んでいき、やっと与えられた刺激を逃すまいと収縮を繰り返した。
「ふあああ……! あ、あああ、あっ、んん、んっ、は、ぁ……っ!」
「っ、リリア……っ!」
ピンと伸びた足の爪先を丸めて込み上げた射精感を必死に堪えるリリアにマレウスは熱の籠もった吐息を零す。ぞくぞくとした感覚が背筋を走り、リリアはぎゅっとマレウスにしがみついて荒くなる呼気を整えようとする。だが快感を知ってしまった身体は本能のままに動き、もっと欲しいとマレウスの指を締めつけた。そうなれば当然マレウスの角張った長い指を内壁で感じることになり、リリアはまるで処女のように身体を震わせて恥じらう。
「ひゃ、あ、ぅ、ううううぅ……! ん、ふぁ、あっ、ひっ!?」
「可愛い、リリア。好きだ」
「っ、あ! ば、ばか、ばか、ばかもの……っ! こんな、こんなっ、あ、ああああっ! ばか、ばか……っ!」
挿入される指が増え、先走りを内壁に塗り込むように擦り上げられる。良く回ると言われる口は語彙力を失ったせいで子ども染みた罵倒しか出てこず、その言葉を聞いたマレウスはますます笑みを深くするのだった。
「好きだ、リリア。もっと乱れる姿を僕に見せてくれ」
「んんん、んあっ!? ああああ、は! あっ、い、ぃい、く、ああああ!?」
有言実行とばかりにマレウスはリリアの前立腺をぐりぐりと押し潰す。リリアが弓なりに反らした背を受け止めながらマレウスは耳元で愛の言葉を囁き続ける。
今までのセックスに愛がなかったとは思わないが、今夜のように愛を惜しみなく与えられるセックスはリリアにとって初めての経験で恍惚な吐息が溢れてしまう。快感と愛に支配された瞳は焦点を揺らし、ほんの少しでも気を抜けば意識を飛ばしてしまいそうになる。
まだ意識を保っていられるのは、奥が切なく疼くからだ。指では届かない、いつもマレウスの性器でこんこんと突かれる最奥が疼いて疼いて仕方がなかった。
「はっ……、ふっ、んんんんん! んぁっ、ふっ、あぁ……! マレ、ウス、っ、も、奥、奥、くぅ……っ、奥に、マレウスが欲しい……っっ!!」
愛撫だけでは足りない。こんなにも愛を注ぎ込まれて、我慢など出来るはずもない。
我を忘れて懇願するリリアに、マレウスは「もう少し我慢して欲しい」としか言わず中を解し続ける。とろとろになった中はすっかり性器を受け入れる準備が整っているのというのにそんなことを言うマレウスにリリアは絶望を覚える。なんとか奥に届かせようと腰を前後に動かしてもそんなのは一時の慰めにもならない。
それなのに前立腺と再開した乳首への刺激にリリアは限界が近いことを悟る。
「あっあっあっあああぁ……っっ! や、ぁ、やだ、やだ、も、もう、イく、ひっ! あっ、んんんっっ! 出る、で、っ、マレウス……っっ!!」
「──ああ、イく姿を僕に見せてくれ、リリア」
その言葉が起爆剤になったのかは定かではないが、マレウスに直接耳へ言葉をねじ込まれた瞬間、リリアは大きく身体を震わせて精を放った。
「ひ、あ、ああああああああ! あ、ひっ、は、あぁあああ────! あ──あ、ぁ……は、あ────!」
一瞬呼吸が止まったせいか嬌声も途切れ途切れとなり、射精が終わった頃にはリリアは全身を弛緩させ絶頂の余韻に浸る。
「あ、ああ、あ…………あ、は、ぁ…………ふ、はあ…………」
性器を挿入されず愛撫だけで達したのはこれが初めてだった。悔しいやら気持ち良かったなど様々な気持ちがリリアの胸に広がり複雑な思いだ。
「ふふ、可愛らしかったぞ、リリア。僕の願いを叶えてくれてありがとう、愛している」
汗でくっついた髪を払いながら額にキスをするマレウスに、リリアは再び欲望が頭を擡げるのを感じた。マレウスは愛に満ちた行為が出来て満足かもしれないが──リリアも充分満足出来たのだが──、リリアの本能である種を残すためのセックスをしたいという衝動が止まらない。
「…………マレウス」
「どうした、リリア?」
「──今度は、わしの番じゃ」
マレウスの後頭部に手を回していささか乱暴に引き寄せ、唇に噛みつくようなキスをする。びっくりして目を見開いているマレウスの隙を狙って舌をねじ込み、口内を蹂躙した。
「リリ、っ!」
後ろに体重をかけてマレウスを寝転ばせたのち、リリアはキスを止めて彼の股間に跨がる。唾液で濡れた唇を真っ赤な舌でいやらしく舐め、目を細めてにっこりと笑う。
「お主、今夜はもう寝られると思うなよ? わしを本気にさせたんじゃ、最後まで付き合ってもらうぞ?」
呆けた顔をしていたマレウスはリリアの言葉を聞き、間を開けてから声を上げて笑い出した。
「ふ、ふふ、それは、楽しみだ。今度はリリアが僕を気持ち良くしてくれるのか?」
「そうだのう、骨抜きにしてやろう」
「それは、無理だな」
「は、」
マレウスの腕が伸び、リリアを胸元に引き寄せる。そして耳元でそっと囁く。
──僕はもうとっくの昔からリリア以外目に入らない。
ぎゅっと愛を凝縮したかのような声色に、リリアはぶわりと顔に熱が集まるのを止められなかった。
「ああ、もう、この……っ!」
照れ隠しに悪態をついても勝敗は明らかで、くすくすと笑うマレウスにリリアは大人しく白旗を上げたのだった。
動物って愛撫しないよなぁ、という考えからじゃあ愛撫だけの話を書こう!と思いついた話。どういう思考回路してるのか自分自身でもよく分かりませんが作品は気に入っています。
2022年に書いた作品。タイトルはchicca*様から