One and One

愛でろ終末

 すったもんだの末、晴れてマレウスとリリアは恋人同士になった。そこに至るまでの道のりはそれはもう筆舌に尽くし難いものだったのだが、終わりよければ全てよしということなので割愛させて頂く。相談と称して惚気話を散々聞かされていた自分としては特にそう思うのだ。別に藪をつついて蛇を出すのが怖かったからではない。
 事前に話を聞かされていた自分は心構えが出来ていたが、二人が付き合ったと報告したとき周囲の反応は様々なものであった。セベクは号泣し──それは二人を祝福してなのか、主君を取られて泣いていたのかは判別不能であった──シルバーは瞳に水の膜を浮かべながら祝福の言葉を投げ掛けていた。それは大切な人を祝っているというよりようやく解放されるというような喜びが見えていた。そういえばマレウスと二人で話しているのを良く見かけていたが、彼も相談を受けていたのだろう。彼も被害者だったか、とシルバーに同情を抱くということもあったが、それでも概ね平和に事が済んだのだった。
 これでようやく惚気話を聞かなくて済む。そう安堵したのもつかの間、オンボロ寮に訪れたリリアに嫌な予感が走る。
「実はまた相談に乗って欲しくてのう」
 談話室のソファに腰掛けながらリリアは言う。十中八九そうだろうなと思っていたがいざ現実になると頭が痛くなる。持参されたツナ缶をグリムが食べてしまったため追い出すことも出来ない。尤もそれがなくても追い出すことは出来ないのだろうが。
 せめてもの道連れとばかりに膝にグリムを座らせながらリリアを促す。すると少し照れたように話を切り出される。
「マレウスと上手くセックスが出来ないのじゃ」
 ド直球な相談に呑んでいた紅茶を吹き出す。その紅茶がかかったグリムが「ふぎゃあ!」と声を上げたので咳き込みながらも謝っておいた。ちなみにグリムは言葉の意味がわからなかったらしく、単語を繰り返そうとしたのでゴーストたちに頼んで退場してもらうことにした。道連れにしようとした自分を恥じながら、せめてグリムには純粋なままでいて欲しいと願った。
「直球過ぎたかのう。じゃが、今更わしらの間に遠慮など似合わんじゃろ」
 いや遠慮して欲しい。そう切実に願いながらも諦めたようにため息を吐く。どうせ言っても治らないのだし、本気で嫌がることをリリアはしないと知っているからだ。
 セックスが出来ないと言われても自分はそういった行為をしたことがない。アドバイス出来るかわからないとオブラートに包みながらお帰りを促してもリリアは腰を上げることはしない。あ、これただの惚気話になる。と、今までの流れから悟ってしまう自分が毒されているようで悔しい。
 それで、一応聞きますがどこが問題なんですか。呆れたように問えば、リリアはぽっと頬を赤らめながら──本性を知った今では可愛いとは思えない仕草だ──マレウスの性器が大きすぎて入らないと言った。指で輪をつくり、どれほどの大きさなのか説明しようとするリリアに思い切り首を横に振る。
 どうして他人の性器の大きさを知る必要があるのか。マレウスにばったり会った日にその大きさを思い出したときには上手く喋れる気がしない。やめてくださいと懇願すればリリアはあっさり「そうか」と大きさの説明を止める。この人絶対に面白がっている、とは気づいたがそれを口に出せるほどの度胸はなかった。
 だが確かに冷静に考えると、いや冷静に考えたくはないのだが、マレウスとリリアの身長差は凄まじい。マレウスの高身長も相まって性器がリリアの中には入らないのだろう。……いや、知らないが。というか、真面目にそんなことは考えたくないが。なぜ先輩の情事の事情を知らなければならないのか。この状況、どう考えてもおかしくはないか?
 ちらりとリリアに視線を向ける。にこにことした顔でこちらを見ているリリアに思いっきり深いため息を吐いた。
 これはもう適当にアドバイスをして去ってもらおう。そう思って、挟めばいいんじゃないですかと投げやりに言う。
「……挟む? どこにじゃ?」
 えっ、と思わずまじまじとリリアを見た。リリアは首を傾げて本気で意味を分かりかねているようだった。
 嘘だろう、と衝撃を受ける。いや、確かに相談を受けていたときは初心な質問が多かったがそれは演技だと思っていたのだ。なぜならリリアは初心な一面を見せたかと思えば次の瞬間にはその容姿に似つかない卑猥な話を語り出すのだ。それで知識がないと思うのは無理があるだろう。だって語り口調は完全に経験済みのものだった。
 マジで分からないんですか? と確認を取る。リリアは普通に頷いた。
 顔を覆う。リリアはずっと「なにを挟むのじゃ? どこに?」と問うてくる。余計なことを言わなければ良かったと後悔してももう遅い。口は災いの元というのは本当のことなのだと悟る。
 こうなったリリアは梃子でも動かないだろう。説明するしかない。……どうして、自分でも経験したことのない、えっちな本でしか知らない知識を言わなければならないんだと心の中で泣きながら素股について説明する。
 最初はわくわくして聞いていたリリアも説明が進むにつれ頬を赤らめ、もじもじと身動ぎしながら、最終的には「お主とんだド変態じゃのう……」と少し引かれた視線を向けられる。そのことに文句の一つでも言ってやろうか、と思った直後にリリアはふふっと笑った。
「冗談じゃ。素股とやらが上手く出来るかはわからぬが、これでようやくマレウスを気持ち良くしてやれる」
 穏やかに笑うリリアの表情は慈愛に満ちている。きっとその表情をマレウスはいつも見ているのだろうと思った。そして言っている内容は気にしてはいけないのだろう。気にしたら負けだ。いいことを言っているような気がするがただの勘違いだろう。
 さっそく実践じゃー! と張り切って去って行くリリアを見送りながら、恋っていいなぁと思ったのは秘密である。
 とにかくこれでリリアの惚気話兼相談事が減ればいい。そう思ってその日は眠りについたのだが。

「おはよう、よく眠れたか?」

 オンボロ寮の談話室。そこのソファーに優雅に腰掛けるマレウス。そしてその彼の膝の上に乗っているリリア。二人の空気は甘ったるく、挨拶も忘れて口元が引き攣る。
「お主、寝ぼすけじゃな。もうお昼じゃぞ?」
 今日は休日だから、と答える気力もない。グリムは机に山のように飾られているツナ缶に興奮した様子を見せていた。買収されないで欲しい。
「昨日の礼をまだしておらんかったからのう。まだまだツナ缶はたっぷりあるぞ」
 それはもう昨夜の内に素股を試したということだろうか。知りたくなかった。そう思って二人を見れば、マレウスはリリアの腰を気遣うような動作をしており、リリアもまた彼に甘えた仕草をしていた。
 こちらを無視していちゃいちゃするマレウスとリリア。ツナ缶に興奮するグリムを可愛がるゴーストたち。そして、ひとりぼっちの自分。
 思わずエースとデュースの名を呼びつつオンボロ寮から逃げ出した自分はきっと悪くないはずだ。

 その後、オンボロ寮の入り口に「ディアソムニア寮生立ち入り禁止」の立て札が立てられたのは言うまでもないことだった。

テーマは素股でした。どうしてこれで書こうと思ったのか私にはさっぱりです。これも多分2022年ぐらいの作品でずっと温めてたんだと思います
タイトルはchicca*様から