One and One

ハッピーエンドの葬式

「この行為に、意味はあるのか?」
 リリアは情事の気だるさを隠さずにぽつりと呟いた。
 それはマレウスに問いかけているというよりも、自身に向けての疑問に思えた。
 だからマレウスはそれに答えず、リリアの髪を撫でた。さらり、と絹のように細かい髪がマレウスの指を滑る。一部の髪は少し汗ばんだ身体に張り付いておりどことなく扇情的だ。
「非生産的な行為は、ただ虚しいだけじゃろう? きっと、このまま続けてもお主とわしの関係もなにも変わることはない」
 リリアはなにも感情が読み取れない瞳でマレウスを見た。ただ見つめてくるリリアは顔立ちがよいためまるで彫刻のような無機質さを醸し出している。頬がまだ赤みを帯びているためかろうじで生きているとわかるが、もしこれが閨ではなく棺での光景であれば死んでいると錯覚するだろう。
 その光景を想像して、マレウスの背にぞくぞくした感覚が走る。それは恐怖からではなく、恍惚であった。
 漆黒に彩られた、茨の谷の紋章が入った棺に入り眠るリリアはおおらく壮絶に美しいだろう。誰にも犯されない、神聖なものとなるはずだ。
 そして、それは誰でもない、マレウスだけのものになる。
 見てみたい、という気持ちが沸き上がる。だが、触れた体温が交じるのが、行為の時のマレウスを呼ぶ甘い声が、潤んだ瞳で見つめられなくなるのは嫌だ。
 だから、それは遠い未来で叶えることにする。
「……マレウス」
「……意味がないと、いけないのか?」
 リリアに触れたいから触れる。遠い未来、リリアを誰のものにもしたくないから棺で眠らせる。その両方は、マレウスにとって呼吸のように至極当たり前の行為で、それらをするのに意味など必要なのだろうか。
 質問の意図がわからず首を傾げると、リリアはくしゃりと顔を歪めて泣きそうになっていた。けれど結局涙は零れず、深く息を吐いた。
「ふ、ふふ……お主は、生粋の王じゃな……。弱者の気持ちは、わからぬか」
「リリアは弱者じゃないだろう?」
 その言葉にリリアは弱々しく首を振った。
「わしは弱者じゃよ。意味を欲しがっている、ただの哀れな、男じゃ」
「意味を欲しがる……?」
 その言葉に、今度こそリリアの瞳から涙が零れた。
「愛してる、と言って欲しいんじゃよ」
 愛してる。その言葉の意味を、マレウスは知らない。
 黙ってしまったマレウスに、リリアは泣きながら笑い、マレウスの胸板を叩く。
「──お主を、愛さなければ良かった」
 囁くように零れた言葉に、傷ついたのはどちらだったのか。

ッドエンドのパレード

 嘘に質量がないとわかっていても、リリアの心にはこれまで吐いた嘘が澱み溜まっている。それらは重い枷となりリリアを縛り付けた。今もまた、思ってもいない言葉を口にするくらいに。
「──わしも、お主を愛しておる。マレウス」
 愛の言葉を聞いたマレウスは幸福そうに微笑むため、今日もまたリリアは罪悪感に押しつぶされそうになる。
 どうしてこうなってしまったのだろう。そんなことを思っているなど微塵も感じさせない笑顔を浮かべる度にリリアの心は軋んだ。
 最初にマレウスに告白されたときに断るべきだったのだ。リリアはマレウスに対して親としての愛情しか持てないと、はっきり言うべきだったのだ。だが、王になったばかりのマレウスに、重圧に耐えきれず縋るものを欲している彼を無下にすることはどうしても出来なかった。
 愛してる、と言われて愛していると応えたのが嘘の始まり。それからずっとリリアはマレウスに嘘を吐いている。
 身体を繋げたときもあった。今更処女やらを気にすることもないが、ただ愛してると健気に告げるマレウスにリリアは快感ではない涙を流した。愛していると言葉を吐きながら、その実同じだけの愛情を返せない。リリアの嘘に満足して幸福を感じているマレウスを哀れとさえ思っていた。
 親としての感情以上を持てないことを自覚する度に、打ち明けるべきだという考えが頭によぎる。こんな歪な関係に終止符を打ち、マレウスには本当の意味で自分を愛してくれる人物を探すべきだと諭すのが正しいのだと。
 それなのに、マレウスの微笑みを見る度に、リリアの口から出るのは何度目になるかもわからない嘘の言葉だ。
 愛している。その言葉がこんなにも重く、苦しいものだとリリアは知らなかった。
「リリア」
 マレウスがリリアを呼ぶ。幸せそうに、微笑んで。その表情に泣きたくなる気持ちを堪えて、リリアもまた微笑む。
 そして、また嘘を吐くのだ。

 ***

 くつくつと愉快そうにマレウスは喉を鳴らして笑った。
 リリアは情事後の疲れで眠っていてそのことに気づかない。彼の頬を伝う涙を指の腹で拭いながら、もう一度堪えきれないとばかりに笑う。
 可哀想なリリア。嘘を吐きすぎて戻ることも進むことも出来なくなった哀れな愛しい人。マレウスがリリアの嘘に気づいているとも知らず、嘘を吐き続けるしか出来なくなった彼を愛おしそうに撫でる。
 マレウスはリリアだけを見てきたのだ。嘘に気づかないはずがない。
 リリアが親としての愛情しか持てないことなど王になる前から──それこそ学園にいたときから気づいていた。
 だから、マレウスは考えたのだ。リリアがマレウスの告白を断れない状況を。リリアが親としての愛情しか持てないのならそれを最大限利用させてもらおうと。
 王になったばかりのマレウスをリリアが見捨てるわけがない。王にいなくなられたら困るだろうし、また、初めて見せた弱さを甘えと断じることもないだろうとわかっていた。
 案の定、マレウスの告白にリリアは嘘を吐くほかなかった。きっと当初は一時的なものだと思っていたのだろう。そんな訳がないのに。
 マレウスはただリリアだけを見つめて、追い求めてきたのだ。一度堕ちてきたものを手放すつもりなど毛頭ない。今更嘘だと言えず苦しんでいるリリアを見ているのは心苦しいが、今許してしまえば彼はまた元に戻ってしまう。それだけは避けなければならなかった。
 リリアが嘘に雁字搦めになり、ただマレウスに縋るしかなくなったそのときこそ、本懐が叶ったと言えるのだから。
 そのときが来たらどろどろに甘やかしてやろう、と思う。何度も愛の言葉を囁いて、毎夜身体を繋げて、愛しているという言葉が嘘ではなかったと錯覚させ、嘘を真実にするのだ。
 小さく身動いだリリアは未だ夢の世界にいる。夢の世界では幸福を感じているのか、小さく口角が上がっている。現実でも、その笑顔を見せてくれる日はそう遠くないだろう。
 嘘が真実になる日を心待ちにしながら、マレウスはリリアにキスをした。

多分2021年か2022年に書いたと思われる作品たち。当時のTwitterで毎日小話更新の話だった可能性があります
病んでる作品が多いのが私の嗜好を表していて、今と全く変わっていないと実感しました。タイトルは全て行き場のない言葉様から