One and One

結末はハッピーエンドで

 愛される条件というのは様々だ。
 たとえば見た目が良いとか性格が良い。けれどもそれは人によって条件が異なり、痩せた体型が良いという人もいれば少しぽっちゃりした方が良いという人もいるだろう。
 そうはわかっていても、指針が欲しいと思うのが人の性か。まあ、己は人ではないのだけど。
 様々な人種、種族の嗜好をこうした雑誌一つでわかった気になるのは愚かではあるが、それが逆に面白くてリリアはついその雑誌を購入してしまった。
   愛される条件──可愛いこと。これはクリアーしているだろう。リリアほど可愛いを極めている人物はこの学園にはいない、そう自負している。
 気遣いが出来ること。これも大丈夫だろう。体調を崩したシルバーにいち早く気付き、なんと滋養の良い料理まで作ったのだ。……その後シルバーは更に寝込んだのだが、それは気にしないことにする。
 守ってあげたくなるような、か弱さ。己の低身長はまさにこれだ。保護欲を湧き上がらせる身長ではあるだろう。ただ、少し全力を出してマジフトをしたらそれから恐がれている気がする。こんなにか弱いというのに。
 などなど、愛される条件を面白おかしく読んでいたのだがふいにその雑誌を取られる。
 雑誌を追うように視線を上げると目の前にはマレウスが立っていた。マレウスは雑誌に一通り目を向けるとつまらなさそうにテーブルに置いた。
 その表情は「またくだらないものを買ってきた」と如実に語っている。
「くふふ、面白いじゃろ? 全く、人の子はいつまで経っても面白いことを考える」
「……くだらない」
「まあまあ、これも暇つぶしにはなる。ほれ、マレウス。マレウスなら、どんな条件を設ける?」
 マレウスはため息を吐き、リリアの頬に触れる。
 それから耳元に顔を近づけ、囁いた。
「僕の条件は、リリアだ」
「……ふ、ははは」
「リリア以外僕にたり得ず、リリアも僕以外なり得ないだろう?」
「そう、そうじゃな! くふふ、お主は本当にわしが大好きよのぅ……!」
 マレウスの項に両手を回すと見計らったかのようにソファーに押し倒される。
「ここでか?」
「誰も来ない」
「来ないようにした、の間違いじゃろ?」
「……そうとも言う」
 バツが悪そうに呟いたマレウスに、リリアは声を上げて笑ったのだった。

やかなる殺戮

 マレウスはリリアに対して好きという言葉を告げたことがない。
 たとえばリリアが屈託なく笑うとき、シルバーやセベクと共にいるとき、ただ真っ直ぐにこちらを見るときに彼を好きだなとマレウスは思うことがある。だがそのときに感じた想いをリリアに告げたことはなかった。
 多分告げない方が良いのだと、理由はわからなくともそう思っていた。そのせいで心が苦しく思うことや悲しくなることがほんの少しだけあったが、それでも良いと思っていたのだ。
 だって二人の関係はいつまでも変わらない。マレウスの隣にはリリアがいて、彼の隣には自分がいるのだとそう信じて疑わなかった。
 そう、信じていたのだ。リリアの一言を聞くまでは。
「わしは、この学園を中退する」
 リリアが魔力を失いかけていることにマレウスは全く気づかなかった。また、リリアもマレウスに対して一言もそんなことを伝えなかった。
 赤竜の国に行くのだとリリアは言う。残念です、とセベクが悲しそうに呟き、シルバーはなにかを堪えるようにぎゅっと手を強く握りながら親父殿が決めたことなら、と寂しそうに笑った。マレウスだけが、リリアのことを見送る言葉を言えずにいた。
 どうして皆は別れの言葉を告げることが出来るのだろうか。ディアソムニア寮生だけではなく他寮の生徒、教師までもがリリアの中退を悲しみ、それでも別れの言葉を投げかける。
 ──もう二度と会えないはずなのに、だ。
 赤竜の国など誰もがいける場所ではない。この学園がリリアの姿を見る最後の場所になるのに、誰一人彼を引き留める者はいなかった。
 自分だけが間違っているのだろうか、とマレウスは大勢の人間がいるはずの学園で孤独を感じた。
 だって想像もしていなかったのだ。リリアがマレウスの傍からいなくなるなど、もう二度と彼の笑顔も声もなにもかもがなくなってしまうなんて。
 心が張り裂けるように痛い。その痛さが、リリアを好きということの証など知りたくもなかった。
「……マレウス、わしは、」
 最後の夜だから、とマレウスの部屋に訪れたリリアに心境を吐露すれば彼は寂しそうに笑う。別れの言葉など聞きたくない、と抱きしめたリリアの身体はマレウスよりも小さく、それでもこんなにも自分にとって大きな存在だった。
「……傍にいてくれ、リリア。何処にも行かないで、ここにいてくれ……」
「マレウス……」
 好きだ、と禁忌にしていた言葉を告げる。その瞬間、リリアが息を飲んだ。
 好きだ、愛していると今までいなかったときを埋めるようにマレウスはただひたすらリリアへの愛の言葉を囁く。そうすればリリアがマレウスの傍にいることを選んでくれると、そう思いたかった。
「すまぬ……マレウス。わしも、お主を愛している。だから、その望みは聞けぬ」
 ──さようなら、とリリアは頬を濡らしながら唇を重ねる。
 それが決別のためのキスだとマレウスは気づいてしまった。この瞬間に、リリアは恋心を捨てたのだと。そして同時にマレウスの恋心を打ち砕いたのだ、と。
 そうして部屋から出て行くリリアを引き留めることは出来なかった。もっと早く、想いを告げていれば良かったのだろうかと後悔だけが過ぎる。関係を変えることを恐れなければ、リリアは傍にいてくれただろうか。
 どうすれば良かったのだろう。なにが正解だったのか、マレウスにはわからない。
 だから、だから──。
「どうか受け取って欲しい……僕の心からの贈り物を」
 正解を教えてくれないのならば、正解を作るしかないのだ。
 『運命の糸車よ、災いの糸を紡げ。深淵の王たる我が授けよう』
 ──祝福を。
 全ての者に。そして、マレウスとリリアの恋心に、永遠の祝福を。

毎日小話更新をしていたときの話だった気がします。タイトルは行き場のない言葉様とchicca*様から