「あっ、っ、あぁっ、あああぁ……っ!」
ぶるり、とリリアは全身を痙攣させながら絶頂する。それを一瞬も見逃さないように見つめていたマレウスは思わず舌舐めずりをし、獣のように荒い呼吸を繰り返すリリアの項に甘く齧り付く。
「あぁ────っっ!!」
甲高い悲鳴を上げたリリアはぎゅっとシーツを握りしめながら涙によって蕩けた瞳でマレウスを睨み付ける。吐息混じりにばかもの、と呟くリリアが愛おしくマレウスは泣きすぎたせいでぷっくりと膨れた瞼に唇を落とす。
愛しているの気持ちを込めて何度も優しい穏やかなキスを降らせていればいつの間にかリリアの呼吸は寝息に変わり、マレウスは未だに彼の中にある性器をゆっくりと引き抜いた。
疲れているリリアは多少声を洩らしたものの起きることはなく、マレウスは安堵しながらベッド横にあるマジカルペンを取ろうと手を伸ばす。
そのとき、ふとマレウスは窓の方を見る。窓の向こうの空は薄い紫色に染まり、雲はオレンジの色彩を纏い見事な朝焼けに輝いていた。
朝だ、とマレウスは思う。その後、一拍置いてから凄まじい勢いで時計を見たマレウスは現在の時刻を正しく認識して顔が青ざめる。
またしてもリリアを朝まで抱き潰してしまった。授業が始まるまでは残り数時間と迫っており、シーツや体の汚れは魔法で洗浄出来るとしても疲労までは治すことが出来ない。マレウスの脳裏に浮かぶのは寝不足で不機嫌になるリリアの姿だ。
実はつい数ヶ月前にも朝までリリアと夜を過ごしたがその日の彼は寝不足と腰痛、喉の痛みでそれは大層へそを曲げてしまった。結果、リリアはマレウスの言葉を全部無視し、これ見よがしにシルバー、セベクの二人と腕を絡ませる。それどころか学園に到着した途端ケイト・ダイヤモンドやトレイ・クローバー、果てはルーク・ハントにまでリリアは積極的に接触を繰り返し、食事もスカラビアの二人と食べていた。
リリアに無視をされた半日ですっかり心が折れたマレウスは泣きそうになりながらも彼を抱きしめて誠意を込めて謝った。もう二度としないと誓い、ようやくマレウスはリリアに許されたのだった。
それなのに、またしてもやってしまった現状にマレウスは一人体を震わせる。とりあえずリリアと己の体、シーツなどを魔法で綺麗にしてから自身もベッドに潜り込んだ。すやすやと寝ているリリアが起きたらどうなるのだろうか、と悪戯がバレて怒られる前に子どものような心情にマレウスは一睡も出来ないままタイムリミットを迎えたのだった。
「おはようございます、マレウス様、親父殿」
「マレウス様!!! リリア様!!! おはようございます!!!!」
「おお、シルバーにセベクか。二人は今日も元気で良いの~! わしはどこぞの誰かのせいで全く元気ではないが」
目の下に隈を残したリリアは起きてきたシルバーとセベクににっこりと笑いかける。隣に立っているマレウスの背中を二人に見えないところで抓る彼は余計なことを言うなよ、と顔に書いてあるようだった。意図を正しく読み取ったマレウスは口を閉ざして二人から視線を逸らす。特に純粋な目で見つめてくるセベクの瞳と向かい合う勇気はない。
マレウスが視線を逸らし、リリアの笑顔の奥に怒りを見つけたシルバーは原因がわかったのか深いため息を吐き、「どこぞの誰か」を探そうとするセベクを止めた。
「セベク……もう良いだろう。さっさと学園に行くぞ」
「なんだとシルバー!!!! 貴様はリリア様の体調を脅かした賊を捕まえる気がないのか!!!!」
賊というか……と言い淀むシルバーにリリアが口を挟む。
「シルバーの言うとおりじゃ。遅刻しないよう二人は学園に向かうが良い」
「お二人は一緒に行かないのですか?」
「わしは少しマレウスと話があるからのぅ。シルバー、後は頼むぞ?」
「……わかりました」
シルバーはマレウスとリリアに呆れた視線を向け、まだ納得の出来ていないセベクの手を引っ張って鏡舎へと歩を進める。残されたマレウスとリリアは自分達以外誰もいない静かになった談話室で視線を交わす。
「わしはヤる前に言ったはずじゃぞ? 絶対に朝まで抱くなと。飛行術の授業があるから無理はしたくない、と。お主もそれは納得していたと思ったのじゃが?」
「すまない、リリア」
冷淡に、それでいて早口で話すリリアにマレウスはただ謝ることしか出来なかった。ここで「リリアがもっとして、と言っていた」やら「リリアが足を腰に回して離そうとしなかった」などとはたとえ事実だとしても口が裂けても言うべきではない。結局我慢出来ずに行為を続ける決断をしたのはマレウスなのだからそこは反省するべきだとちゃんと理解していた。
「……いや、まあ、わしも悪かった部分はあるが。じゃが朝まで抱かれるとは思っとらんかった」
頬を赤らめながらぼそりと呟いたリリアにマレウスも顔に熱が集まる。リリア、とマレウスが腕を伸ばして抱きしめようとする前に彼はこちらから距離を取った。
ビシッ! と人差し指をマレウスに向けてリリアは言う。
「罰としてお主は今日の飛行術はわし以外の者と組むが良い!」
「……なんだと」
どこか遠くで雷が落ちた音を聞きながらマレウスは呆然と呟いた。リリアが「雷を落とすでない!」と焦っているのも耳に届かないほどにショックを受ける。
今日の飛行術はD組とE組の合同授業となり、マレウスは当然リリアと組むのだと思っていた。というよりも、マレウスにとってはリリア以外の選択肢などないのだ。なぜならマレウスには合同授業でペアになってくれる友人が本当に極少数しか存在しない。一人でぽつんと佇む己の姿を想像してマレウスはおろおろと焦り出す。
「この機会にわし以外の者とも交流を深めるが良い、わかったか?」
「リ、リリア……」
「ぅ、そ、そんな目で見てもダメじゃ! さぁ、いい加減わしらも学園に行くぞマレウス」
「…………わかった」
いきなり突きつけられた無理難題にマレウスは落ち込み、とぼとぼと歩き出す。そんな様子を見てリリアが「誰もペアにならないようならわしがペアになるか……」などと考えていることには当然気づかないのであった。
不安と心細さを抱えたままマレウスは魔法史、錬金術と授業をこなし、問題の飛行術の授業がやってきた。運動着に着替え、運動場に辿り着いたマレウスの心情とは反対に外は燦々と陽光が降り注いでいる。ふとリリアの体調が心配になったマレウスは周囲を見渡し、彼の姿を探す。いつものようにサンバイザーを被り、箒をコウモリたちに持たせてトレイ・クローバーと談笑している姿は変わらないように見える。そのことにほんの少しだけ胸がむかむかとしたマレウスは、急に後ろから声を掛けられて驚きで目を丸くした。
「やっほー、マレウスくん。準備運動終わった?」
「ダイヤモンドか……。いや、まだだ」
「そっかー……ならオレと組もっか!」
「……いいのか?」
「もちろん♪ あ、その代わりに一枚良い?」
そう言ってスマホをひらひらと動かすケイト・ダイヤモンドにマレウスは快諾する。写真を撮るだけでリリアからの難題を解決出来るなら願ってもないことだ。
了承を得たケイトは喜び、マレウスの横に並び立ってスマホの画面をこちらに向けた。小さい液晶には二人が映っているようだが、マレウスは己が見切れていることに気づいた。どうやらケイトもそのことが気にかかっているようでスマホを上下に動かしたり左右に揺らしているが上手く調整出来ていないらしい。おそらく自分の背が高いせいだろうとマレウスは少しだけ屈み、ケイトの背に合わせる。
「どうだ、ダイヤモンド。……ダイヤモンド?」
「……わっ、びっくりした……。マレウスくん優しいんだね、けーくん感動しちゃった」
はい、チーズ! とばっちりポーズを決めるケイトに対してマレウスはただ黙って立っているだけだったが彼は「これ超バズりそう~♪」と嬉しそうにしている。バズる、というのがなんのことを示しているのかはわからなかったがこの機会にもう一つだけケイトにお願いを口にした。
「ダイヤモンド、その写真を僕にもくれないか」
「オッケー♪ じゃあマレウスくんのスマホ貸してくれる?」
マレウスは言われるがままにケイトにスマホを渡す。すぐに機械音が鳴り、返されたスマホにはつい先ほど見た写真が画面に表示されていた。
ペアを組むだけではなく、このような写真を見ればきっとリリアも喜ぶだろう。ケイトにお礼を言えば、彼は笑顔のままスマホをポケットにしまい込んだ。
「こちらこそありがとうね! さ、先生も呼んでるし、行こっか」
「ああ」
そういえば全く準備運動していないが良かったのだろうか、とマレウスは先を歩くケイトを見る。己は別としてもケイトは少しでも準備運動を行い、体を解した方が良いだろうとマレウスは声を掛けようとした。その瞬間のこと。
どん、と背中に軽い衝撃を受ける。なんだと振り返れば、そこには見慣れた者の姿があった。ぐりぐりとマレウスの背中に額を擦りつけ、いつの間にか回された手がぎゅっとマレウスを抱きしめている。
「リリア……?」
「あれー? リリアちゃんどうしたの?」
「全く……急に走り出すから何ごとかと思ったよ」
マレウスに抱きついているリリアとその彼を追って来たのだろう、息を切らしているトレイ。三人が急に突拍子もない行動をしたリリアの名を呼ぶが彼の口は閉ざされたままで、トレイは肩をすくめてケイトに声を掛ける。
「行こう、ケイト」
「……うん、そうだね! じゃあまたね~マレウスくん、リリアちゃん♪」
「後は頼むな、マレウス。さっきからリリアはマレウスのことを気にしていたみたいだし、ケンカなら早く仲直りしてくれよ。先生にはリリアが体調不良だって伝えとくな」
トレイの言葉にリリアがびくりと反応する。接触しているリリアの体温は確かに平時よりも高いように思え、マレウスは二人に礼を言ってから木陰へと移動する。
枝葉が重なり合った影が周囲から二人を隠してからリリアはようやくマレウスから離れ、木の根元に体を預けた。その頬は少しだけ赤らんでおり、薄く白い首筋には汗が垂れている。はー、はー、と浅い呼吸を繰り返しているリリアは小さく「日差しがきつい……」と呟いた。その言葉を聞き、マレウスはほんのごく僅かの魔力を使いリリアに冷たい風を送る。
「大丈夫か、リリア」
「頭がぐらぐらする……少し休めば良くなると思うが……。寝不足でこの日差しはきっついのぅ……」
「す、すまない……」
「ふふっ、もう怒っておらんよ。ほれ、こっちに来んか」
手招きするリリアの横にマレウスが座れば彼は肩に頭を乗せ、そのまま手を取って指を絡ませた。
珍しくリリアが甘えている、とマレウスは驚きで目を見張った。言葉を忘れたマレウスに気づかないままリリアはぽつりぽつりと話し始める。
「お主、いつの間にケイトとあんなに仲良くなったんじゃ? 滅多に取らせない写真まで撮らせておったじゃろ」
「ダイヤモンドが準備運動のペアに僕を誘ってくれたんだ。そのお礼に写真が良いと言っていたからな。ダメだったか……?」
「別にダメではない。ない、が……お主、わしとさえ写真を撮らないのに……」
段々と小さくなる声、けれどもマレウスの耳にはきちんと届いたそれにリリアの顔を見る。先ほどと変わらない紅潮した頬。だが、今は別の意味で赤く染まっているのだとマレウスは理解した。
恋人繋ぎをした手が少し汗ばんでいるのはきっと暑さのせいだけではないのだろう。どちらともなくさらに指を深く絡ませる。
「……嫉妬したのか、リリア」
「お主、そこは黙っておくべきじゃろ。どうせわしは自分からペアを組まないと言ったのにお主がわし以外とペアを組んだら嫉妬する度量の狭い男じゃ」
「そこまでは言ってないが」
顔を背けて見えたリリアの耳が赤く染まっており照れ隠しの憎まれ口だと思えば彼が可愛くて仕方がなかった。リリアのつむじに唇を落としながら「機嫌を直してくれ、リリア」と囁く。それを何度か行っているとリリアは急に振り返り、マレウスの胸ぐらを掴む。
「リリ、」
リリアという言葉は最後まで音にはならず、重なった唇はどこかしょっぱく、汗の味がした。
カシャ、というカメラの起動音が呆然としていたマレウスの意識を戻し、リリアは唇を離してスマホを操作する。そして二人のキスしている場面が映った写真をマレウスに見せながらリリアは幸せそうに笑う。
「これは二人だけの秘密じゃ」
書きたかったのは、朝に不機嫌になるリリアでした。不機嫌とは…?