どちらを選ぶ、とマレウスに問われてリリアは乾いた笑いを浮かべた。
ことの始まりはリリアがマレウスに告白されたことが切っ掛けだ。子どものように思っていた人物に好きだと告白され、驚いたと共に恋をするほど大きくなったことに少しの感動を抱いた。出来れば恋する相手がリリア以外だったら尚良かったのだが。
リリアはマレウスが好きだが、当然そこに恋愛感情はない。だから告白を断って、他の相手を見つけるべきだと助言したのだ。拒否された瞬間のマレウスの表情を見たときは心が傾いてしまったが、そこは親代わりとして甘やかすわけにはいかない。
わかった、と頷いたマレウスの頭を撫でながらほっとしたのもつかの間。翌日からマレウスの猛アピールが始まった。
いやなにもわかっとらんじゃろ! と心の中で突っ込みながら、隙を見せる度に抱きしめてくるマレウスをいなす。しょんぼりするマレウスに絆されそうになる心を叱咤して、リリアは徹底的にマレウスのアピールを無視した。
そんなとある夜のことだ。マレウスから身を隠そうと咄嗟に滑り込んだ場所はシルバーの部屋だった。当然現れたリリアに目を見開いていたシルバーは、遠くの方にあるマレウスの魔力を感じ取ったのかすぐさま呆れ顔になる。
「またマレウス様から逃げてきたんですか」
「そうは言っても、仕方ないだろうて。マレウスがふざけたことを言ってくるのが悪い」
「……マレウス様は、本気だと思いますが」
「うっ、わかっておる……わかっているから、逃げるしかない」
マレウスが本気だからこそ、リリアは強く拒絶できない。親としての情が、マレウスに悲しい顔をさせたくないと言っている。でもそれで彼の気持ちを受け入れるのは間違っているとリリアだって理解しているのだ。だから今は逃げ続けることしか出来ない。それが問題の引き延ばしだとわかっているけれど。
「親父殿は、マレウス様のことが好きではないのですか?」
「好きじゃぞ? でも、それは親子の情愛であり、マレウスが望んでいるものではない。親と子である以上、それ以外の感情を向けることは、」
「それは、俺に対しても、ですか」
リリアを遮って放たれたシルバーの言葉に、ひゅっと息を飲む。いつの間にか音もなく近付いていたシルバーに腕を取られ、彼の胸元へ引き寄せられる。
「俺も、子どもでしかないのですか……?」
耳に直接吹き込まれる言葉に、リリアの肩が震えた。手を振りほどけない。それほどまでにシルバーが大きくなっていたのだと、そんなことを今更ながら実感した。
シルバーの指がリリアの顎にかかる。そのまま上を向かされ、二人の顔は近付く。避けるべきだと理性は警鐘を鳴らしているのに、リリアの身体は茨で拘束されたように動けなかった。
吐息がかかる距離。互いの唇が触れるその刹那──部屋の扉が吹き飛んだ。
襲撃かとリリアとシルバー両名が臨戦態勢を取りながら扉があった場所へ視線を向けると、そこにはマレウスが立っていた。明らかに怒っているマレウスの様子を見て、リリアは今日が己の命日かもしれないと本気で思ったのだった。
そして話は冒頭に戻る。
どちらを選ぶ、ともう一度問うマレウスにリリアは最早乾いた笑いしか浮かばない。可愛がっていた子に──しかも二人だ──に愛を告げられ、どちらを選ぶか迫られるなど想像の範囲外だ。育て方を間違ったのかもしれないと強く思った。
吹き飛んだ扉は魔法で直されており、しかもマレウスは声が漏れないよう防音機能まで足してくれた。なぜそういうことには気が回るのだろうか。
ベッドに座らせられたリリアの前にはマレウスとシルバーの両名が立っていて逃げ場がない。
本音を言わせてもらえばリリアはどちらも選びたくない。二人ともリリアにとってはやはり可愛い我が子にしか思えないのだ。それとなくそう伝えてみると、マレウスは拗ねたように「でもシルバーとはキスをしようとしていた」と痛いところを突く。
「リリアは、僕よりもシルバーの方が好きなのか?」
しょんぼりという言葉が似合うほど落ち込んだマレウスにリリアの良心がちくちく刺激された。
「いや、マレウス、そういうことではなくてな? マレウスもシルバーも同じくらいわしは大好きじゃぞ? ただ、恋人になるとかはまた別の問題でな?」
「……避けなかった」
「それは驚いて逃げる暇がなかっただけで…というかお主、なぜ知っているんじゃ」
リリアとシルバーが急接近したとき、確かにマレウスはいなかった。扉が吹き飛んだ瞬間に二人は臨戦態勢を取って離れたのだから見ているはずもない。
バツが悪そうにリリアから逸らされた視線に「あ、こやつ魔法使って覗き見してるな」と呆れかえる。後で絶対に解除させることを決意しながら、俯いてしまったマレウスの頭を撫でた。
途端に雰囲気を和らげたマレウスに、このまま流されて有耶無耶にならないかとリリアが企んだとき、シルバーが口を開いた。
「やはり親父殿はマレウス様をお選びになるのですか」
「お主はわしの話を聞いていたか?」
「なら、シルバーを選ぶのか?」
「なんじゃ、二人してわしを虐めて楽しいのか?」
ぺちり、と話を聞かない二人の頭を軽く叩く。リリアは長い息を吐いた後、はっきりと答えた。
「わしは、二人とは恋人にならぬ。マレウスもシルバーも、もちろんここにはいないセベクだってわしにとっては可愛い我が子のような存在じゃ。なんでも望みを叶えてやりたいとは思う。だが、それ以上の感情を持ったことはない」
黙り込んでしまった二人にリリアの心は痛みを訴えるが、ここまで来てしまったのならば仕方がない。はっきり無理だと伝えるのも誠意だろう。
やり遂げた達成感でリリアがすっきりしていると、不意にシルバーが肩を掴んでくる。
「それでも、諦めきれない場合はどうすれば宜しいのですか……。俺は、どう足掻いても同じ時を生きることが出来ません。親父殿にとっては瞬きの間の時間が、俺にとっての一生なんです」
「シルバー……」
「ほんの少しの時間を、俺と共に過ごして下さいませんか……?」
真剣な表情でリリアを見つめてくるシルバーに胸が高鳴る。まさかシルバーがそんなことを考えているなど思ってもみなかった。同じ時を生きられないと理解しながら、それでもシルバーはリリアに告白したのだ。その覚悟を切り捨てることに躊躇してしまう。彼の言うとおり、過ごせる時間はほんの一瞬だろう。ならばその間だけ受け入れてあげたいと思ってしまうのは甘いのだろうか。
しかし、シルバーを受け入れるのならばマレウスも受け入れるべきだろう。同じ理由で断っているのに片方だけを受け入れるのは卑怯だ。
ちらり、とリリアはマレウスに視線を向ける。顔を上げているマレウスは視線に気づき、それからゆっくりとした動作でリリアの手を取った。手の甲へキスを落としながらマレウスは言う。
「僕はリリアやシルバー、セベクも大切に思っている。みんなで幸せになれるのならば、どんな関係でも良いと思う」
「……わしは、お主らに親としての感情しかないぞ?」
暗に、受け入れても恋人としての情は持てないと伝えてみる。
だがその言葉に二人は笑い、好きにさせてみせると同じ言葉を放った。それに込められた愛に、二人の表情にリリアは最早白旗を上げるしかない。
子どもだと思っていたのに、いつの間にか二人は一人の男として立派に育っていた。もしかしたらいつか本当に恋に落とされるかもしれない。
そんな瞬きの間の、遠い未来に思いを馳せながら、リリアは二人を抱きしめた。
両手に華は2021年に書いた作品でした。古すぎ。シルリリ書いてるのは珍しいですね、私的に