マレウスは父親に似て非情になりきれない男だとリリアは思う。現にリリアは未だこのマレウスの夢の世界で彼から逃げ切れている。
ただしそれは致命傷を負っていないというだけでリリアの長い髪は風の魔法の刃によってばっさりと切られており、甲冑はマレウスの吐く炎によってひび割れて露出した肌は爛れていた。傷口を焼いて止血するのと同じ効果になったのか割れた甲冑が肌を裂いても血が流れなかったのは不幸中の幸いだろう。
胴体はまだ傷は浅いが、腕と足、特にふくらはぎから下の損傷が甚大だ。捕まえるために致命傷を負わせる必要はない、動けなくすればそれだけで充分だというリリアの教えをきちんと守っている辺りが憎らしい。
チッ、と舌打ちをしながら空を飛んでマレウスから有利を得ようとする。夢の世界では魔力が枯渇していないため、何処まででも飛んでいけそうだった。だがしかし、ここはマレウスの支配下であり、空を目指す自分の目の前に飛んできた彼はドラゴンの尾でリリアを地上に叩き落とす。咄嗟に風を起こして落下速度を緩めるがリリアの体は重力に逆らうことなく地面に激突する。
土埃が舞い、視界を覆う。遠く空にいるマレウスの姿も見えなくなってしまったが今のリリアはそんなことを考える余裕などなかった。呼吸が止まるほどの衝撃が背中から全身に走り、閃光によって焼かれたかのように目の前が真っ白に光る。骨は折れていて、また折れた骨が臓器を傷つけているかも知れない。呼吸さえも上手く吐き出すことが出来ず、口から血とともに吐息と間違うほどのか細い声が出た。
それでもリリアが再起不能になっていないのは、ぶつかる瞬間にマレウスが致命傷にならないように防衛魔法をかけてくれたからだ。
「ほん、とに……生意気に、育ちおって……」
「フフフ、リリアがそう育てたんだろう」
思わず零れた言葉にマレウスは楽しそうに返答する。人型の姿に戻ったマレウスは仰向けに倒れたままのリリアを覗き込み、ふむ、と顎に指をかけて考え込む仕草を見せた。
オーバーブロットしたままの姿とはいえその幼さを残した表情はいつものマレウスと変わらないように思える。きっと本質は変化していないのだろう。だからこそ、リリアはこうして倒れている現状が悔しくてたまらない。
マレウスをここまで追い詰めたのは間違いなくリリア自身だ。別れが辛くなるからと告げなかった言葉が隠してきた真実までもマレウスに知られてしまう結果となり、オーバーブロットした彼を止めることさえ出来ていない。本気で命を奪うための戦いならばマレウスにも手傷を負わせることは出来ただろうが、それでもそれだけはどうしても無理で結局傷一つ与えることは出来なかった。自分が甘いことをしているとはリリアとて理解している。このままオーバブロットが続けばマレウスが、世界がどんなことになるかなんて想像もしたくないが、その上でリリアは魔法を彼にぶつけることは出来なかった。なぜならマレウスはリリアが命を賭して守りたい存在なのだ。
「どうしてリリアはそこまで夢を拒絶するんだ? 夢の世界では苦しむことも辛いこともない。どんな夢だって叶えられる。父と母が生きている夢だって、シルバーと共にずっと平和に暮らしていく夢だって見ていられる。お前の望みなら、僕はどんなことでも叶えてやるのに……」
肩を落として残念がるマレウスをリリアは吐き捨てるように笑う。望みを叶えてやるなどとんだ傲慢な感情だというのにマレウスはなんでもないように口にする。リリアは偽りの夢など求めていない、求める気もない。“もしも”の世界の幸せな夢を見て、マレウスの手のひらの上で踊らされて満足するなど真っ平ごめんだ。
そんなのはリリアの過去に対する侮辱でしかない。血反吐を吐くような痛みも苦しみも全部受け入れて歩んできた道を、誰にも否定はさせない。他の誰でもない、マレウスが否定することだけはリリアは絶対に許すわけにはいかなかった。
「──ハッ、舐めるなよクソガキが。俺は絶対に“夢の世界”を選ばない。お前が見せる夢に興味のカケラもない」
嘲りながら投げ捨てた言葉にマレウスは浮かべていた表情を消し去る。
「────そうか」
マレウスの言葉に感情がない。怒っているのか、失望しているのかそれすらも悟らせないほどに冷淡で相手を拒絶する声色だった。じっとリリアを見つめる表情は真顔で、オーバーブロットの証である魔力のうねりがただただ揺れている。殺されないとは思うが、それでも殺されるかもしれないと感じるぐらいには二人の間に緊張が走っていた。
リリアの額を冷や汗が流れる。呼吸するのも重苦しい空気の中、沈黙を壊したのはマレウスの方だった。
「なら、別のやり方にしよう」
打って変わって満面の笑みを浮かべたマレウスの背後で黒いドロドロとしたオーバーブロットの澱みが蠢く。
次の瞬間、リリアは内臓が持ち上げられるかのような浮遊感を覚える。ただしそれは一瞬の出来事で、落ちると思ったときにはリリアの体は柔らかいものに包まれていた。その正体を認識したと同時にマレウスがリリアに覆い被さる。
リリアの視界に映る天井、壁、人物。何度も見たことがある光景だが、一つ違うのは覆い被さってきた人物がオーバーブロットしていることだろうか。この状況で何をされるのかわからないほどリリアは初心ではなく、むしろ望んでいた展開に心の中でほくそ笑む。
それにしても、と夢の世界だとしてもセックスをする場所としてマレウスが自室を選ぶとは少しだけ予想外だった。屈服させたいのであればそれこそ先ほどの場所で有無を言わさずに無茶苦茶に抱けば良かったのだ。リリアの体に出来た傷も治さずにいればこちらは碌な抵抗さえ出来なかっただろう。だが今のリリアは足以外──足を治さなかったのは逃走防止だろう──の傷が全て治っている。外側は勿論、内臓までも、だ。
治療を施したのはこれからもっと酷いことをするからという可能性もあるが、おそらくそうはならないだろうという確信がリリアにはあった。
リリアにはマレウスが苦しがっているようにしか見えない。様々な感情が胸の中で混ざり合い出口を求めて彷徨っているように思え、それはまるで迷子のようだった。暴力もセックスも、リリアを夢の世界に誘うのも全部マレウスからの助けてという言葉だ。何処にも行かないで、傍にいてと泣いている子どもをリリアは受け止めたい。
この状況を生み出した原因が自分だというのに随分と調子の良いことだ、とリリアは自嘲する。だからこそ、どうしてもマレウスを救いたいと願うのだ。
「リリア……?」
急に笑ったリリアを呆けたように見るマレウスは、以前と変わらない彼の表情だった。
リリアは両手をマレウスの項に回し、吐息がかかるほどの距離まで引き寄せる。
「──来い、マレウス。わしが全部受け止めてやる」
その言葉を合図に、リリアはマレウスの唇を奪った。
まさかキスをされるとは考えていなかっただろうマレウスは一瞬だけ呆気に取られていたが、リリアの舌が口内に侵入したところで我に返ったらしく互いの舌が絡み合う。いつの間にか生まれたばかりの姿──こういうときは魔法が便利だとリリアは思う──になっている二人は肌を擦り合わせながら口づけを深くしていく。じゅぷっ、と淫猥な水音を立てながら唾液を混ざり合わせ、舌を縦横無尽に動かす。ぬるりと濡れた舌、生温かい口内のどれもが情欲を高めていき、快感を覚えている体はじわりと焦がれていった。
「んんっ……ちゅ、む……はっ、んっ……!」
マレウスの歯列をなぞっていた舌が捉えられ、中央の窪みを舐められる。小さく肩を跳ねさせたリリアに気を良くしたのかマレウスはこちらの太腿を撫でながら舌を甘噛みした。そのまま感触を楽しむように数度食んだのちにマレウスはリリアの舌先を吸い上げ、太腿を撫でるのを止めてこちらの両耳を塞いだ。
「んんんんっっ、ふっ、はぁ……っ!」
耳を塞がれたことにより口の中で響いているいやらしい音が反響し大きく聞こえてくる。ぐちゅぐちゅと唾液が混ざり合う音、ぢゅっと舌先や混ざり合った唾液を吸い上げられる音。マレウスの、そして自身の熱を帯びた吐息など行為の生々しい音がリリアの聴覚を犯していった。
思わず喉を反らして逃れようと身動ぎしてもマレウスは唇を離すことはなく、感じ入るリリアの体を彼は自身の体重で押さえつけながらキスを続ける。
「はっ、あ……、ふ、は……っ」
暫くして離れた唇は互いの唾液で濡れている。不足している酸素を取り込もうと深く息を吸えばほのかに汗ばんでいる己の胸板が見えた。その下がどうなっているかは見なくてもリリア自身が一番理解している。マレウスも気づいているだろうが屹立した性器には触れず、濡れた唇を舌で舐め取りながらリリアの首筋を撫でた。
そのまま鎖骨、割れた腹筋の窪みをなぞるように下へ下へと指が滑り、性器に触れる前に指が離れる。その焦らすかのような触り方にリリアは悪趣味だと舌打ちを隠さなかった。
今までのセックスでこんな悪態をつくことはなかったため、どうやら夢の右大将時代の精神に少し引っ張られているのだろうとリリアは推測する。幸いだったのはリリアの態度を見てもマレウスが楽しそう──良い意味ではないが──に笑っていることだろうか。もっともマレウスはオーバーブロットしているのだからどう見ても正常な思考は保ってはいないのだろう。ただ、少なくとも落ち込んだり悲しんだ様子を見せられるよりはずっと良い。リリアの計画では最後までセックスをしてもらう必要があるのだから。
「考えごとか、リリア。随分余裕なんだな」
「……お主があまりにも焦れったくて飽き飽きしておったところよ。わしを夢に落とすのではなかったか? それとも、自信がないのかマレウス」
わざと挑発するような言葉を発し、リリアは膝でマレウスの性器をつつく。そのまま亀頭を転がすようにぐりぐりと膝を回して刺激を与えつつ口角を上げた。
「……僕を挑発したこと、精々後悔しないことだな」
「ハッ、若造が言いよる。後悔させてみせろよ、マレウス」
リリアの煽りをうるさいとばかりにマレウスは噛みつく勢いで唇を塞ぐ。すぐに入ってこようとする舌を受け入れたリリアの両手首はマレウスに掴まれて頭上で一纏めに拘束される。キスを止める直前にリリアの唇を噛んだマレウスは己の唇を流れ出た血の赤で彩り、首筋、鎖骨、胸の突起へとキスを落とした。
リリアは傷つけられた下唇を舐めながら、真っ赤に染まったマレウスの唇にぞくぞくとした感覚が走る。血の匂いと味にリリアは間違いなく興奮しており、それは如実に体に表れていた。触れるだけのキスだけしかしていなかった胸の突起はすでに芯を持ち、刺激を与えられる事を望んでいる。それが戦いの後の高揚感によるものなのか、マレウスがそう世界を弄っているのかは流石のリリアもわからなかったがどちらにせよやることは一つだ。
「ふっ、は、っあ……っ!」
マレウスの角張った指が円を描くように乳輪をなぞり、爪先が突起に触れる。たったそれだけの刺激でリリアは背筋が反り返ってしまう。まるで初体験のときのように相手から与えられる刺激の一つ一つに過剰に反応してしまう体にリリアの頭は蕩けてしまいそうだった。
「う、あ、ああっ……ふ、ぁっ……!」
閉じることを忘れた口からは意味を持たない声が漏れ、涎が顎を伝いシーツを濡らしていく。強すぎる快楽に涙が流れるがそれでもまだリリアの意識は理性を手放しておらず、滲んだ視界のままにマレウスを睨む。
ははっ、と心底楽しそうにマレウスが声を上げて笑った。
「どこまで堪えられるか、楽しみだなリリア」
「ほざっ、ひっ! う、うううう……っ! んぁっ……!!」
マレウスの指が突起を掴む。そのままこりこりと撫で回され、まるで固い感触を楽しむかのように弄られる。捏ねくり、抓られ、痛いほどに引っ張られたかと思えば逆にもどかしいほどに優しい愛撫を繰り返す。
脳はまだ理性を保っているというのに体は言うことを聞かず、足が張ってシーツに皺をつくる。そのときに走った痛みさえもリリアの体は快感だと認識し、ぞわぞわとした感覚が全身を走った。ひっきりなしに襲ってくる悦楽の波の出口を求めてリリアの性器はしとどと先走りを零し、内太腿を擦り合わせる仕草を取る。
「あ、あ、ああぁ……っ! はっ、ふぁっ、んっんっんんんっ……!!」
触られていない方の突起が切なく疼き、リリアは身をくねらせる。触って欲しい。けれどもそんな言葉を放つことはリリアの理性が許さず、ぷっくらと屹立した突起はただ悲しそうに存在を主張していた。
リリアと両手では足りないくらいセックスをしてきたマレウスがこちらの思考を読み取れないはずもなく、彼は今まで触れてこなかった突起に顔を寄せて吐息を吹きかける。
「ひっ!? あっ、あああ! は、あ、あ……っっ!!」
突起に触れたのはただの生温かい吐息だけだというのにリリアの体は大げさに反応し、堪えきれない精液が少量だけ溢れた。体は軽い絶頂をずっと引き摺っているのか微かに痙攣している。はー、はー、と獣のように荒い呼吸を整えようとするリリアにマレウスは容赦なく愛撫を続けた。
胸を吸い、突起の先端を舌先で穿るように弄られ、手で愛撫していた突起は薄い胸板を揉みしだかれる。いくら揉まれても大きくならない胸を激しく揉まれて乱されるのは痛みさえ感じるが、その乱暴さがリリアの被虐性欲を高めていった。
じゅっと胸を吸ういやらしい水音や二人の汗の匂い、マレウスの裸。味覚以外の全てでマレウスを感じてしまいリリアの頭を暴力的な痛みが襲う。理性を失えば楽になれるという誘惑を必死に振り払いながら脳みそまでも犯されているような感覚にリリアはただただ喘いだ。
「う、うぁ……あああ、ああああ、あぁ……っ! は、はっ、ひっ、ぐぅ……っ!」
マレウスはリリアの突起を舌先でぐりぐりと押し込みつつ爪先で引っ掻くように弾く。両方の突起を弄ばれリリアの性器からは勢いのない精液が零れ続けていた。
リリアの痴態に口角を上げたマレウスは突起を吸い、その後甘噛みをする。甘噛みといってもマレウスの歯は尖って鋭いものとなっており、痛みさえも快楽になっているリリアの脳天から爪先まで痺れるような感覚が走った。
「あ、あ、あ、あああ、は、ぁあ、あっ、ああ──────っっ!!」
びしゃっと音を立てながら飛び散った精液はリリアだけではなくマレウスの腹をも汚してしまう。
「あ、は、は……ふ、っ、は、ぁ……」
一気に射精まで高められた疲労感に全身を弛緩させているリリアはマレウスが拘束を解いたのをぼんやりとした瞳で見つめていた。覆い被さっていた体を起こしたマレウスは腹についた精液を手で拭い、捏ねるように指を動かす。そしてリリアの両膝を少し立たせたのちに左右に開いた。
あ、と羞恥で声が漏れる。何度もマレウスを受け入れたことがある体だが、ここまで大っぴらに恥部を曝け出されたのは初めてだった。マレウスと名前を呼びかけても反応はなく、リリアの精液がついた指が後孔の縁をなぞる。皺の一つ一つを伸ばすかのようなゆっくりとした動きにリリアの羞恥心は否が応でも膨れ上がってしまう。マレウスが足の間にいるために膝を閉じることも出来ずにリリアは後孔への刺激に体を固くさせた。
後孔の縁をなぞる指は中には入らず、焦らすかのようにゆっくりと上下に動く。その指が動く度に垂れた先走りと精液で濡れた後孔がくちゅくちゅと淫靡な音を響かせた。
「ぅ、ぁ……」
ヒクリ、と後孔が収縮する。腹の奥が疼き、リリアは熱い呼気を吐いた。
体がマレウスを欲しがっている。マレウスの性器でめちゃくちゃにされる悦楽をリリアはもう知ってしまっている。それがどんなに気持ちの良いことなのか全身が覚えている。
だがそれでもリリアはマレウスを求める言葉を口に出すことはなかった。
シーツを口元にたぐり寄せて漏れてしまう嬌声を抑え、触れられる度に跳ねそうになる体を必死に堪える。涙でぐしゃぐしゃになった顔はきっとみっともなく見られたものではないだろうが、リリアは決してマレウスから視線を逸らさなかった。
そんなリリアを見て「強情だな」と呟いたマレウスに「お主もな」と返す言葉は熱に浮かされたように震えていた。
「あ、あ!? う、ぐ……は、はっ、んんっ!!」
マレウスの指がリリアの中に入ってくる。最初からリリアの良いところ──前立腺を狙って進んでくる指に全身がわななく。ぐにぐにと優しく擦るように前立腺を指で刺激され、射精し萎えていた性器が内側から無理矢理屹立させられている感覚に陥る。
「あ、あ、あ、あああ……っ! あっ、あっ、ん、んんっ、は、あっ……!」
前立腺を愛撫する指をもっと奥にとねだるように後孔が収縮を繰り返す。立っていた膝は脱力しシーツに落ち、ピンと張った足の爪先がぎゅっと丸まる。まだ一度も触れられていない性器は先ほどの精液の残りと先走りが混ざった体液で淫猥に濡れていた。
「あ、ああああぁ……っっ! は、は、んっ、う、ぐ、ぅう……っ! あっ!」
前立腺を愛撫される度に脳に電気が走ったかと思うほどの快感が突き抜け、リリアは中に入っている指が増えたことにも気づかなかった。ただ太いもので内壁を触られるのが気持ち良いと自ら腰を揺らしてしまう。
「リリア」
「はっ、ひ、ぅ……マ、マレウ、んんっ!? はっ、んぐ、んんんんっっ!!」
名前を呼ばれそちらの方へ意識を向けた一瞬にマレウスはキスをしながらリリアの性器を握った。射精には至らなかったが急な刺激にリリアは悲鳴のような嬌声を上げる。しかしそれは全部マレウスの口の中へくぐもった声として消えていき、彼はリリアの乱れる姿を横目に性器を扱き始めた。
性器から零れた体液を塗り込むように手のひらで竿を握りしめ、根元から先端へ上下にゆっくりと扱かれる。裏筋からカリ首、亀頭までマレウスの指が触れていく。ぐるりとカリ首をなぞられたときにはぼろぼろと生理的な涙を零しながらマレウスにしがみつき、全身を小刻みに震えさせながら内と外からの愛撫に堪え続けた。
「リリア」
「は、あっあっあっ、い、や、あっ! わし、はっ、俺、は……っ! ひっ、あっ、んぁ、んっんっんっ、ぅう……っっ!!」
現在と昔の意識が混ざり、自分がどちらの姿をしているのかリリアはわからなくなってしまった。そのため、切られたはずの髪が長くなっていること、けれども髪の裏側の色がマゼンタ色をしていることに疑問を覚えることもなく艶やかな髪をシーツに散らしている。
か細く残った理性の糸を守るかのようにリリアはシーツに手を伸ばしぎゅっと握りしめた。
「……仕方ないな」
マレウスの呟きにリリアが意識を向ける前に彼は中に入れていた指を引き抜き、性器への愛撫を止めた。ぐったりと脱力しているリリアの腰を掴んでうつ伏せに転がし、こちらが反応するよりも早くマレウスは己の性器を後孔へと挿れる。
「あ、あああ!? あ、あ、あ、あ、あ! ひ、ぅ、っ! は、あ、あああぁ……!」
いきなり奥まで入ってきた性器にリリアは体が蕩けたような感覚を覚える。全身が痙攣し、どこを触られても甘い快感が走る強すぎる快楽から逃れようとリリアは前へ這おうとした。けれどもマレウスはそんなことを許すはずもなく己の腰とリリアの股をぴったりとくっつくほどに挿入を深くする。根元まで入った性器にリリアは呼吸も忘れて身体中を支配する悦楽に悶えていた。
「は、は、あ、あ……? ぁあ……んあ、は、ぅ、あぁ……っ!!」
射精をしないで絶頂を迎えたのだとリリアはぼんやりとした頭で思う。気持ち良いのが体からずっと抜けなくて思考に霞がかかっているかのようだった。マレウスはそんなリリアを見逃すわけもなく、最奥まで届いた性器をぎりぎりまで引き抜き、再び根元まで押し込んだ。
「っ、あ、は……っ! ひ、ぅ、ぐぅ、うううぅ……! あっあっんんっ、んっんっ!!」
律動を開始したマレウスにリリアは翻弄される。肉がぶつかる音やリリアが出した体液がぐちゅぐちゅと掻き混ぜられる音が反響し正常に戻ろうとする思考を邪魔していた。
マレウスに揺さぶられる度に胸の突起や性器がシーツに擦れて痛いほどの快感が頭のてっぺんまで貫く。性器が抜けそうになると内壁がぎゅっとマレウスのそれを締めつけ、強欲に、淫らに快楽を求めるのを止められない。
「ああああぁ……っっ! ひ、っ、はっ、んん、ふっ……! い、っ、ああっ!」
マレウスの手がリリアの手に絡まる。その温度にリリアは快楽とは違う涙を流す。絶対に失えないもの、リリアが命を賭して守りたかった人。解かれそうになっていた理性の糸がきつく結ばれるのがリリアにはわかった。
「ひっ、あ、ああっ、んっんっ、マレ、マレウス……っ!」
「──愛している、リリア。だからもう二度と、誰にもお前を傷つけさせない」
「あ!? んんんぅ、はっ、ふ、ぁ、あっ! あっあっあっ!!」
がつがつと最奥を穿ちながらマレウスはリリアの項に噛みつく。ぶちり、と皮膚が裂ける音が聞こえたが痛みさえも悦楽に変換されている状況では些細なことでしかなかった。
マレウスの律動を助けるように自らの意思で腰を振り、熱を高めていく。
そして、マレウスが小さく呻いた瞬間、リリアの最奥に精液が注がれる。その熱を受け止めたリリアもまた嬌声を上げながら絶頂を迎えた。
「ああああ、あああぁああ────────っっ!!」
長い射精を終えたマレウスは後孔から性器を引き抜き、視点が定まらないリリアの体を起こして抱きしめる。
ぽう、と光が二人を包んだ直後には体液で濡れていた二人の体は乾き、リリアの後孔から零れていた精液も消え失せた。それからマレウスの姿はオーバーブロット時の姿に戻り、リリアは学園の制服を纏わされる。
マレウスは甘えるようにリリアの肩に顔を埋め、囁く。
「良い夢を、リリア」
マレウスが創りだした世界が変化する。学園にあるマレウスの自室と茨の国にあるリリアの自宅の二つの空間が混ざり合っていく。
「──それだけは、叶えることは出来ぬ」
リリアの言葉によって出来たマレウスの隙を狙ってリリアは彼を突き飛ばした。
瞬間、空間は暗闇だけの世界になり二人は浮遊しながら対峙する。
「リリア、なぜ……!」
「この世界はお主の魔力で出来ている。そして、今お主の体液を注ぎ込まれたわしにはお主の魔力が溢れている。今、この世界の支配権はわしのものじゃ」
「……そんなもの、たやすく取り戻すことが出来る」
「そうじゃな」
マレウスの魔力を補充したとしてもそんなものは付け焼き刃でしかない。それでもこの一瞬だけがあれば良い。それだけがリリアが望んだ展開で、理性を手放さなかった理由だ。
刹那の間だけでもマレウスが支配する世界にヒビが入ればきっとシルバーやセベク以外にも偽りの世界に気づく者が出てくる。マレウスを救ってくれる人物がきっと現れるはずだとリリアは信じている。
「そこまで僕を拒絶するのか、リリア……っ!」
マレウスの慟哭に空間が震え、彼の頬に施された黒い模様がまるで涙のように流れていく。どうして、と叫んだマレウスの頬にリリアは思い切り右手を振った。
ぶたれたマレウスは呆然とし、痛む頬を押える。その表情の幼さにリリアの瞳から自然と涙が流れた。
「どうして、はこっちの台詞だ! 勝手に悩んで勝手に決めて、挙げ句の果てにこんな真似までしやがって!!」
「勝手に、だと……? そんなのリリアの方が勝手だろう!? 勝手に学園を中退すると一人で決めて! シルバーやセベク、僕がどれほどショックだったか!」
マレウスがリリアの胸ぐらを掴む。その手は震えており、瞳には薄い水の膜が出来ていた。
「どうしてなにも話してくれなかった! どうして一人で去って行くことを決めた! どうして、どうして……っ、僕を置いていくんだ……っ!」
「マレウス……」
「……お願いだ、リリア。僕を望んでくれ、この世界なら、リリアは……リリアと共にずっといられる……っ!!」
背骨が折れるほどに強く抱きしめるマレウスの背にリリアはそっと手を回す。
「それでも、この世界をわしは選ばぬよ。この世界にお主一人を残して夢を見ることは出来ない、したくはない」
「リリア……」
「この世界では泣いているお主の涙を拭うことも、寂しがっているお主の隣にいることも出来ぬ。そんな世界を俺は望まない」
リリアはマレウスの両頬に手を添え、穏やかに笑う。
「ずっと昔から、俺の望みは変わらない。お前を、夢の世界という御伽噺の主人公にはしたくないんだ」
ぴしり、とガラスにヒビが入るような音が響く。暗闇だけの空間から僅かな光が差し込み、そこから欠片のようなものがひらひらと舞い落ちる。
「戻ってこい、マレウス。夢の世界じゃなく、現実へ」
リリアの視界が朧気になっていき、体から力が抜けていく。魔力を使い果たしたせいなのか、それとも夢の世界が終わりかけているために現実世界の魔力量に戻ったのかは定かではない。それでも意識を失う瞬間までリリアはマレウスに微笑みかける。
「リリア……? リリアっ!」
焦ったように名前を呼ぶマレウスと額を合わせ、リリアは囁いた。
「──愛してる、マレウス」
視界が闇に閉ざされる直前の朧気な意識の中、それでもリリアは確かに正気に戻ったマレウスの姿を見たのだった。
ふいに思いついたネタ。タイトルは三谷朋世さんの楽曲『Come back to The World』から
マレウス誕生日おめでとう