One and One

鳥籠

 アルベールは夢を見ている。
 それを夢と呼ぶには生々しく、匂いも鮮明で、なにより劣情を煽り立てるものだった。誰かに身体を弄られて未知なる悦楽を教え込まれていき、快感を得てしまう夢。
 最初は自己処理を疎かにした結果性的欲求が高まり、それが夢という形で身体の不調を訴えているのだとアルベールはそう考えていた。ユリウスとの一件も解決し気が緩んだことも関係しているのだろう、と。だが連日連夜淫らな夢を見続けるなど到底普通なことではないと気づくのにそう時間はかからなかった。その結果、夢を見るのが怖いという気持ちに変化することもまた当然の帰結であった。
 夢の内容を隠して睡眠薬を処方してもらったこともあったが、それでもアルベールは必ず夢を見てしまう。それどころか睡眠薬を飲んだ夜は淫夢がさらに酷くなることが多く、早々に薬に頼ることは諦めた。寝ないでいることが唯一夢を見ない方法ではあるが机上の空論でしかない。意識を失うぎりぎりまで睡眠を堪えてもやはり夢を見てしまい八方塞がりであった。
 眠れないこと──いやらしい夢を見てしまうなんて誰かに相談することもできず、今夜もまたアルベールは夢を見ていた。
「んっ、ふ、ぁ……、はぁ……っ」
 鉛のように重い身体に誰かが覆い被さり、骨格から男だと思われる指がアルベールの服の中に入り腹筋の窪みをなぞる。襲ってくる人物が男だと確証を得られないのは瞳が開けられないからだ。夢ではなぜか身体の自由が利かず、自らの意思で動かせるのは口だけだった。
「いっ、は……っ、いや、だ……っ、んんっ!?! ひっ、ぐ……っ!!」
 拒絶を示した口を咎めるように男の指がアルベールの口内に入り込む。上顎を擦られ、舌の表裏を二本の指が這う。異物感に嘔吐くと同時に得も言われぬ感覚が背筋を走り抜ける。男の指に噛みついて抵抗することも忘れ、無様に口を大きく開く。
 大人しくなったアルベールにフッと男が笑った気配がしたと思えば、口内を犯す指は引き抜かれてそのまま顎を伝い首筋へと滑る。
「ぁ……っ! ふっ、はぁ……っん、あっ……」
 目を瞑っているせいで余計に敏感になっている身体が男の指に合わせて震えた。じわりと目尻に涙が浮かぶが拭うことも叶わずに頬を流れていく。ゆっくりと丁寧に男はアルベールの服を脱がしていき、肌が外気に晒された。
 アルベールが寒さに震える間もなく男は乳首を指の腹で転がし、肩を跳ねさせた己を嘲笑う。幾度となく弄ばれた身体は快楽に適応するかのごとく反応を示し、目を瞑っていてもわかるほどに乳首が硬く屹立してしまった。
「いや、っ、いやだ……っ、やめてくれ……っ! は、ひっ!? ああっ……!!」
 こりこりとした乳首をきつく抓られ伸ばすように引っ張られる。痛い。けれど痛みだけではない感覚がアルベールを襲う。引っ張られたまま乳首を擦られ、背中を弓なりに反らす格好は端から見ればまるで相手の手に自ら押しつけているようだった。幸い目を閉じているためそのような己を目視することはなかったが、男はそんなアルベールに対してなおいっそう愛撫を激しくする。
 乳首を指先で弾かれ、捏ねくり回され、かと思えば優しく転がされる。じんじんと痛む乳首を労るかの如く撫でられてアルベールは波のように襲ってくる痛みと快感にただただ喘いだ。唾液が口の端から零れ、頬を涙でぐちゃぐちゃに濡らした姿を誰とも知らぬ男に見られ続けた。
「ひっ、ぐっ、ぅ、あっあっあああぁ……っっ!! あっあっあっ!」
 男の指はひとしきりアルベールの胸を弄んだ後に腹部へ辿り、そこからさらに下へと滑り落ちていく。指の行き着く先に身体が恐怖で固まる。いやだ、と必死に懇願しても男の動きは止まらず、ついに服の下で張り詰めている性器へと辿り着いた。
 くつくつと男が笑っており、アルベールは屈辱と恥辱で尊厳が踏みにじられていく。それなのに身体は熱を解放したいと己の意志に反して男の手のひらに股間を押しつけるような動きを見せる。身動きの取れなかった身体はいつの間にか自由になっていたが、今のアルベールには逃走どころか抵抗の二文字さえも頭に浮かばなかった。言葉にできない感情に頭の中を強制的に掻き混ぜられ、身体は常に快楽を与えられている現状に正常な思考は焼き切れてしまったようだった。
 嬌声を上げている間に露出させられた性器に男の指が絡む。先端から溢れた滴を全体に塗り込むように茎を手のひらで扱かれた。
「あ、あああっ!? あ、あっ、あっ! は、はっ、あ、う!?!」
 視界も思考回路も全てが真っ白に染まる。頭を金槌で殴られたかのような強烈な快感に腰は跳ね、獣みたいに小刻みな呼吸を繰り返した。犯されているのに気持ち良いと感じてしまう。それとも犯されているから気持ち良いのか、アルベールには判断することができなかった。
 ぐちゅぐちゅと自身の下半身から聞こえる淫猥な水音に感覚が聴覚さえも犯され、理性を砕かれたアルベールは無意識に卑猥な言葉を口にしていた。
「はっ、んんんんっっ! い、いいい、いい……っ、きもひ、いい……っ! あっあっあっ、も、いっ、く、ぅ……っっ!!」
 勃起した性器が脈打ち堪えきれない射精感にアルベールが熱の籠もった吐息を零したその瞬間、男が囁いた。
 ────夢は終わりだ、アルベール。
 その言葉が耳に届いた刹那、アルベールは先ほどまでの快感などなかったかのように穏やかに意識が暗転する。夢の終わりに感じ取ったのは額に落とされた男の慈しんだかのような口づけの感覚だった。

 意識を覚醒させたアルベールは寝具を蹴飛ばす勢いで飛び起き、すぐに周囲を見渡した。見慣れた壁や床、ベッドの横にある天雷剣を視認してから早鐘を打つ心臓を落ち着かせるよう深呼吸を繰り返す。太陽はまだ完全に昇りきっていないようで部屋は薄暗く、まるで今の心情を表しているかのようだと思った。額の汗を拭ってからアルベールは顔を手で覆う。
 今回もまた浅ましい夢を見てしまった。犯されているのに快楽を得て、あまつさえ自らさらなる刺激をねだるなど自分がひどく穢らわしい者のように思える。
 そして今もなお、夢のなかで解放されなかった熱がその存在を主張していた。
「…………っ、ふ…………ぅ」
 アルベールはおそるおそる勃起している性器に手を伸ばす。治まるのを待つという選択肢は身体中に残る熱のせいで選べず、それでもいやらしい自分を自覚するのを避けるためにぎゅっと目を閉じた。
 極力身を縮めて小さくなるように両肩を窄め、右手を下着へ忍び込ませる。夢のなかで男がしていたように先端から滲んでいる先走りを指にまぶし、カリ首をぐるりとなぞってから根元まで扱いた。
「ぁ、っ、ふっ、んっ……は、あ……っ」
 噛みしめた唇から堪えきれない吐息が漏れる。このまま続ければ射精するだろう、と思うのにアルベールはどこか物足りなさを感じていた。性器だけではなく全身に熱が籠もっており、その熱が出口を探しているような感覚。それがもっと激しい快感が欲しい、という欲求だと気づいたときアルベールはぶるりと身震いした。間違いなく夢のなかの男にもたらされた変化に怖ささえ覚える。
 それなのにアルベールは乳首へと伸びる左手を止められない。夢のなかと一緒で屹立している乳首を親指と人差し指で抓る。
「ああぁああ……っ! あ、んんっ、んっんっ……!」
 身体が待ち望んでいた強い快感に嬌声が零れてしまう。乳首を抓る指はとにかくがむしゃらに捏ねくり回して痛みを感じるほどに引っ張り、性器を扱いている右手は亀頭に爪を立てた。強烈な刺激に性器は萎えることなく手のひらに白濁とした液を撒き散らす。
 射精後特有の倦怠感を覚えながらアルベールは自身の手のひらに広がる精液を見てシーツで醜い身体を隠しながら涙が零れそうになる。夢を見たくない、眠りたくない。自分が変わっていくのが怖くて怖くて仕方がなかった。誰にも相談できない、けれど誰かに助けて欲しい。
「ユリウス……っ」
 アルベールは無意識に一番信頼している親友の名を呟く。彼と一緒ならどんなことだって解決してきた、その実績が己に弱音を吐かせる。だが当然助けに答える声はなく、それどころか数日後にユリウスと共に辺境の村に視察に行って招宴にあずかることになっているのを思い出してしまった。当たり前だが村に一泊する予定となっており、アルベールの涙腺はついに決壊してぼろぼろと透明な滴を溢れさせる。助けて欲しいのに、浅ましい自分を知られたくないと相反する感情に無様に振り回される。このままどこかへ逃げ出したい、と騎士団長としてあるまじき想いを抱いたままアルベールは孤独に肩を震わせたのだった。

 結論から言えばアルベールは逃げ出すことはしなかった。けれどベッドの上で泣きじゃくったあの日から極力眠ることを避け、ここ最近は一時間の睡眠を繰り返すことで夢から逃れていた。勿論、日々の魔物討伐や哨戒、復興に関する決議などの激務に対してその程度の睡眠時間では疲れが取れるはずもなく目の下には隈ができている。マイムが心配しながら隈を誤魔化す化粧をしてくれなければきっと村の人々を驚かせていただろう。隣に立つユリウスはアルベールの顔色の悪さに険しい表情をしながらふらつく身体を支えてくれており、なんとか無事に宴が終わった頃には二人とも疲れ果てていた。
 客室のベッドに崩れ落ちたアルベールはそれでも意識を手放さぬよう、手のひらに爪を立てながら唇を噛みしめる。早く立ち上がり同室のユリウスに平気だというところを見せないといけないのに、身体は鉛のように重く動かせそうにない。
 それはまるで、夢と同じようだった。
「────っ!」
 アルベールは自身の発想に驚き、短い息を飲み込む。どくどくと動悸が早くなり思わず胸を押えた。それを体調が悪くなったと思ったのか、ユリウスが焦ったようにアルベールの肩を掴んで振り向かせる。
「アルベール!」
 体調が悪いのか、やはり視察を延期にしてもらった方が良かったなどただ純粋に心配そうに声をかけてくるユリウスにアルベールはなにも言えない。ただ無言で相手の服の裾を握った。
「? とにかく、一度医者に診てもらおう。立てそうにないなら医者を呼んでくるが、少しの間席を外しても大丈夫かい?」
「ユリ、ウス……」
「……アルベール……?」
「ユリウス……ユリ、っ、ふっ、ユリウス……っ!」
 アルベールは泣き崩れながらひたすらに親友の名前を呼ぶ。ユリウスは驚愕で呆然とその様子を見ていたが、すぐに我を取り戻してアルベールを胸元に引き寄せた。子どもをあやすかのように背中を擦りながら優しく「大丈夫だ」と囁く。その穏やかな声色に、アルベールはようやく助けて欲しい、と声に出せたのだった。
「夢を、ずっと、夢を見ているんだ……」
「夢?」
「誰かが、男が、夢のなかで俺を……っ、おか、犯し、て……っ、段々と現実の俺も変わっていって、っふ、こわい、怖いんだ、ユリウス……っ! 自分が自分でなくなりそうで、もう夢なんて見たくない……っ!!」
 言ってしまったという後悔ともう一人で抱えなくて良いのだという少しの安堵がアルベールの理性を弱めていく。触れたところから伝わってくるユリウスの体温が心地良く、離れたくないと背中に手を回して縋りついた。
 急な告白にユリウスは一瞬動揺したようだが狼狽している己を見て冷静になったのか、しがみついてくるアルベールをしっかりと受け止めて抱きしめる。
「大丈夫だ、アルベール。ここには私と君しかいない」
「っ、ひ、ぅ……ユリウス……ユリウス……っ」
「ここ最近君の様子がおかしいと感じていたが、一言相談してくれれば……。いや、これは星晶獣に寄生されて裏切った私が言えたことではない、か」
 ユリウスは己の言動に苦笑しつつアルベールの後頭部に手を添えて金糸の髪を梳く。仕草や口調、全てで慈しんでくる親友に力が抜けてしまう。気が緩んだアルベールを襲う睡魔に眠りたくないと頭を振った。
「……失礼、親友殿」
 断りを入れたユリウスはアルベールの了承を得る前に膝裏に腕を入れ、背中に手を回してそのままこちらを持ち上げる。相手の予想外の行動に驚き言葉が出てこないこちらを無視してユリウスはアルベールをベッドに横たえさせた。それから彼は同じベッドに寝転がり「やはり狭いな」とぼやきながらブランケットで二人を包む。
「なっ、ユリウス!?」
「とにかく、このまま眠らないでいるという選択肢はなしだ。君も限界だと理解しているだろう」
「っ、だが……」
「君が魘されていたら必ず起こす。だから今は私の言うことを聞いてくれ。……ほら、アルベール」
 ユリウスは手を広げてアルベールを呼んだ。少しの逡巡ののちおずおずと相手の胸元へと身を寄せればフッと優しく笑われて顔に熱が集まる。それでも頬を撫でる手や視線から彼が己を安心させるためにしてくれているのだと鈍いアルベールさえ理解していた。
「……すまないな、ユリウス。たかが夢でこんな不甲斐ない姿を見せて、雷迅卿の名が聞いて呆れるな」
「そんなに卑下することではないさ。自分が自分でなくなりそうな恐怖は私も身に覚えがある、誰にも言えないで辛かっただろう」
 ぽんぽんと背中を軽く叩かれ、ぎゅっと抱きしめられる。その暖かさにアルベールの瞳に涙が滲み、見られないようにユリウスの肩に顔を押し当てた。
 ユリウスは否定してくれたがアルベールは自分の不甲斐なさに落ち込む。彼は自分の変化に気づいてくれたのに──体調という目にわかる症状だったというのもあるだろうが──過去のアルベールはユリウスが星晶獣に寄生されて苦しんでいたことを見抜けなかった。悔やんでも悔やみきれなかったあの日のことは今もまだ胸に残っている。こうして後悔し続けることこそが一番不甲斐ないとわかっていても考えることをやめられない。あのとき最後までユリウスを信じていられたら、親友が周囲の人々から疑いの目を向けられることはなかったのだろう。
「……親友殿」
 背中を叩いていた手がアルベールの顎下に伸び、そのまま顔を上げさせられる。あ、とアルベールが口を開けた隙を狙ってユリウスが両頬を抓った。
「また余計なことを考えていただろう? 全く、その愚直さは昔からちっとも変わっていない。星晶獣の囁きに屈したのは親友殿ではなく、私だ。私の罪を君が留意するのは構わないが、それを自分の罪だと背負い込むのは驕りが過ぎると思わないか?」
「う……すまない、返す言葉もない……」
 アルベールが謝罪を口にすればユリウスは満足したような表情で頬を抓るのを止める。
「これ以上君が卑屈になる前に眠ってしまおう。お望みとあらば子守歌を聞かせることも可能だが?」
「余計に眠れなくなりそうだから遠慮させてもらおう。……ありがとう、ユリウス。お前がいてくれて良かった」
 その言葉を聞いたユリウスは一瞬呆気に取られたように瞬きをし、その後身体を震わせて笑い出す。アルベールが少しだけ不機嫌そうに「そんなに笑うことはないだろう!」と怒れば彼は口角を上げたままこちらの腰に手を回して自身の胸元へと引き寄せた。
 突然の行動にアルベールが言葉を失っているとユリウスの唇が耳元に近づき、囁く。
「────良い夢を、アルベール」
 ユリウスの囁きを聞いたアルベールはまるで意識を刈り取られたかのように、瞬く間に視界が暗転する。眠くなかったのになぜ、という疑問やどうして親友が笑ったのかその答えを得ることもなく夢の世界に誘われ、眠りに落ちる直前に感じ取ったのは慈しみを含んだ口づけの感覚だった。
 この夜を境に、アルベールはもう二度と夢に魘されることはなかった。

 ***

 アルベールが悪夢を見なくなってから数日が経過したある日、ユリウスはサントレザン城の廊下でふと足を止める。そっと窓枠に手をかけ眼下に目を向ければ騎士団員を指導している親友の姿が視界に映った。数日前は眠れずに憔悴していた様子が嘘のようにアルベールはいきいきと団員に指南し、時々純粋無垢な笑みを浮かべる。その光景をユリウスはじっと見つめていた。
 ふと騎士団の一人がなにかをアルベールに伝えたかと思えばその場を立ち去り、残された親友は顔を上げてユリウスを目で捉える。フッと笑いながらひらひらと手を振ればアルベールははにかみながら手を振り返す。
 相手の瞳が潤んでいるように見えるのはきっと気のせいではないだろう。団員に呼ばれ走り去っていくアルベールの姿を視線で追いかけながらユリウスはそう思った。
 誰もいなくなったのを確認してからユリウスはくつくつと心底楽しそうに笑い声を零す。だがその口元は歪んでおり、瞳にはほのかな狂気が浮かんでいることは本人以外誰も知る由はない。
 まだ無自覚だとしても悪夢から救ったあの夜からアルベールがこちらへ特別な感情を向けているのはあからさまだった。吊り橋効果というのも侮れないな、とユリウスは思う。それから、全部こちらが仕組んだことだとアルベールは考えもしないのだろう、とも。
 可哀想で愛おしい親友殿。最初は純粋なただの慕情だったというのに、星晶獣に寄生されて囁きに屈してからユリウスの全てが変わってしまった。アルベールが欲しい。たとえどんなことをしても、是が非でも手に入れたいと願った。
 星晶獣の力がまだ己に残っていると気づいたとき、それを利用しないという選択肢は存在さえしなかった。感情が肥大化したように精神に影響を及ぼすことが出来るのならば肉体にも影響を与えることが出来るはずだ。果たして結果はユリウスの思惑通りに進み、夜な夜なアルベールを犯しても彼はただの淫夢だと認識していた。
 毎夜アルベールを犯していた理由は憔悴させるのが目的なだけではなく、ほんの少しだけ星晶獣の力を分け与えるためだ。力と言ってもユリウスの恋慕が増幅し彼を欲しいと切望したように、己に対してアルベールが向ける感情をごく僅かに過剰にさせるだけに留めて親友殿には星晶獣の力を使役することは出来ない。
 だが、それで充分だった。それだけでもうすぐアルベールはユリウスの元へ堕ちてくる。
 窓枠から手を離し、目的地である対策本部へとユリウスは再び歩を進めた。かつんと響く足音はさながらカウントダウンのようにも聞こえ、無意識に口の端を舌で舐めた。
 こんな方法で相手を手に入れるなど正道ではないとユリウスも理解はしている。だが、不純物を抱えた歯車が正しく動くことなどない。狂ってしまった者はもう二度と正常には戻れない。どろどろに濁りきってしまった愛情が綺麗なものになるわけがないのだ。
 間違っていても良い。どうせもう血で汚れた身体であるのだから、今更手段を選ぶ必要などなかった。どれほどの罪を重ねようとも、たった一人、ユリウスにとっての光であるアルベールだけは手に入れたかった。
 だがアルベールはいつだって自由で、ユリウスの手から離れてしまう。だからその翼を千切ってしまうことにしたのだ。愛情という鳥籠に閉じ込めてしまえば、アルベールはずっとユリウスと一緒にいてくれる。
「……夢は終わりだ、アルベール」
 そう、もう二度とアルベールは悪夢を見ない。これからは永遠に現実で幸せな夢を見続けるのだから。

以前に発行した同人誌の小話のリメイクでした
以前よりもエロを濃くしました。これもユリアルオンリーイベントに合わせての更新でした
タイトルは天野月さんの楽曲「鳥籠 -in this cage-」から。大好きな曲です