くるり、と裾を翻しながら姿見の前で回転する。視認できる範囲では不備はなく、おそらくあのときと全く一緒の格好になっているはずだ。折角なのでもう一度アルバートチェーンを借りたかったが、そろそろ日付が変わる時刻に訊ねても無駄だろう。もっともリリアの腕ならば本物そっくりに作ることが可能であるのだが。
最後の確認とばかりにリリアは姿見に映る己をまじまじと見つめた。今の自分は間違いなく世界一可愛く、そして格好いい姿をしている。それも当然だろう、なんといってもこの服のデザインは世界一の王がリリアのために生み出したものなのだから。
緩む頬を抑えつつ、リリアは本日の目的を果たすために扉に手をかけた。きっと相手はこの時間まで己が来ないことを落ち込んでいるだろう。誕生日なのに祝ってくれないのか、ともしかしたらちょっと泣いているかもしれない。そう思うと少し可哀想だがこれもマレウスを最後には喜ばせるための作戦の内なのだから仕方ない。
存在を知らせるようにわざとヒールの音を響かせながら廊下を歩く。マレウスはリリアが彼の部屋に向かっていることにおそらく気づいているだろう。部屋の中でマレウスがどんな表情をしているのか想像するだけでくつくつと笑い声が出てしまった。
カツン、と一際大きく足音を響かせてマレウスの部屋の前に立つ。扉はまだ開けずに胸ポケットに挿した4本の白い薔薇に丁寧に口づけを落とす。荘厳で静かな美しさを持つ色は己よりもマレウスに相応しいとリリアは思う。この花をどうしてマレウスが選んだのかはわからない。花の意味を知っていたのだろうか。もしかしたらただ単に服の色に合わせただけかもしれないが、白い薔薇を贈られたあの瞬間にリリアは決めたのだ。
そして、その決めたことを実行するのに相応しい日は今日以外あり得ない。
薔薇を胸ポケットに戻して扉をノックする。すぐにマレウスの嬉しそうな声が聞こえてきて、リリアは頬を緩ませながら部屋の中に足を踏み入れた。
「遅いぞ、リリア」
「ふふ、別に約束していた訳ではあるまい? まあ、期待したくなる理由もわかるが。今日はなんといってもお主の誕生日だからのう」
こちらの意地悪い言い方にふくれっ面を見せたマレウスは、そこでようやくリリアの格好を認識したのか驚いたように瞬きを繰り返した。
「お主が以前わしに魔法で作ってくれた服を記憶を頼りに再現したのだが、どうじゃ? 異なる箇所はあるか?」
まるでダンスを踊るかのごとくつま先でターンをし、マレウスに後ろ姿も確認してもらう。意表を突かれたのか、少しだけ呆然としていたマレウスははっと我に返りその鋭い目でリリアを見つめる。
「……そのアルバートチェーンは偽物か?」
「おお、流石じゃのう! そうじゃ、カリムに借りずにわしが作ったものじゃ。良くわかったのう、えらいえらい」
ソファーに座っているマレウスの頭をよしよしと撫でる。子ども扱いされるのが嫌なのか、マレウスはむっとしたように手を払いのけてリリアの腕を掴む。
「この服のためにこんな遅くまで僕を待たせたのか?」
「くふふ、さあどうだろうな? もっと他の理由があるかもしれんぞ?」
リリアがそう言った瞬間にどこか遠くの空が光ったのが窓から見えた。すぐに機嫌を損なうのは昔から変わらないらしく、笑みを零しながらマレウスの額にキスをする。
「短い時間でもわしのことだけを考えていて欲しかった、と言ったらどうする? ほんの数時間でも、楽しかったパーティーのことを忘れてわしのことだけを想っていて欲しかったからと言ったらお主はどう思う?」
滅多に見せない本心からの言葉にマレウスは今度こそ言葉を失ったようだ。熟した果実のように頬を真っ赤に染め、視線を彷徨わせている。こういうところはまだまだ若造で可愛らしい。もっとも、セックスに関しては若造とは言えないテクニックを持っているのだが。そういったアンバランスさもまた愛しく思うのだから惚れた弱みというのは恐ろしいとリリアは思う。
「わしはこの短い時間で、お主のことだけを考えていたよ。お主に出会った時から今夜まで、色んなことを思い出した。……わしの誕生日に散々啼かしてくれたこともな」
「……リリアだって楽しんでいただろう」
「まあそうじゃな、気持ち良いことは嫌いではないからのう。で? お主はわしが来ない間、なにを考えておった?」
「……そんなの、決まっているだろう」
マレウスに掴まれていた腕を引っ張られ、彼の胸元に身体がすっぽりと収まる。ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられたことが言葉よりも雄弁にマレウスがなにを思っていたのかを教えてくれた。マレウスの熱い呼気が耳に吹き込まれ、背筋にぞわぞわとした感覚が走る。このままいつものように抱かれたいと下半身が切なげに疼いた誘惑を振り切り、リリアはマレウスの胸板を軽く押し返した。
「まだプレゼントを渡してないからのう、少し離してくれぬか?」
「……もう充分にもらった気がする」
「お主、欲がなさ過ぎるじゃろ。言葉だけで満足するでない、とっておきのプレゼントを用意したわしの立場がなくなってしまう」
「フッ、そうか……では、リリアは僕に一体どんなものをプレゼントしてくれるんだ?」
まだ頬が赤いのを誤魔化すかのように尊大な態度を見せるマレウスにリリアは一度だけ微笑む。それから腰に回された腕から抜け出し、床に片膝をついて胸ポケットの白い薔薇を全てマレウスに差し出した。
「──────」
はっ、とマレウスが息を呑んだのがわかった。大きく目を見開き、口はだらしなく開いたままで信じられないとばかりにリリアを見ている。
「わしの全てを、お主にくれてやる。これからを生きる時間の全てをお主と共に歩むことをリリア・ヴァンルージュの名において誓おう」
ぴくりとも動かないマレウスの左手を取り、手の甲に口づけを落とす。まだ一度もしたことがなかった忠誠の証であるキス。それをしたことの意味をマレウスはきっと正しく理解してくれるだろう。
この日をもって、リリアはマレウスを王と認めたのだ、と。
「……リリア、リリア……っ!!」
再びマレウスの腕の中に捕らえられた拍子に花弁が何枚かひらひらと舞い散る。肩を震わせながら掠れた声で名前を呼び続けるマレウスの瞳からは涙がこぼれ落ち、それがまるで花のようだとリリアは思った。どんなものよりも美しく見えるそれをリリアは指で拭う。
先程までとは別の意味で頬を真っ赤にしているマレウスの顔は涙でぐしゃぐしゃで、とても見られたものではない。だがこれが、リリアが一番見たかった表情だ。
「愛している、マレウス。お主に出会えたことが、わしにとって最大の幸福だ」
「っ、僕も、だ……っ、僕も、リリアに出会えて良かった……っ」
しゃくり上げながらも懸命に伝えてくるマレウスをリリアも抱きしめ返す。宥めるように背中をぽんぽんと叩きながらこの様子では当分の間は泣き止まないだろう。
この状態で白い薔薇の意味、本数の理由を伝えたらさらに泣き出すことは明白で、そこだけはリリアにとって計算外である。伝えるべきか、伝えないべきか、悩んだのは一瞬だった。
──わしが認めた王ならば、わしの真意ぐらいは簡単に読み取れるじゃろう。
いつかそう遠くない未来、白い薔薇の意味を調べた彼がどんな風に思うのか見物だとリリアはマレウスを抱きしめながらほくそ笑むのだった。
2022年マレウスバースディ記念小説。前回のリリアバースディ記念小説の続きでゴスマリリリアがマレリリエピソードだった記念に
当時のTwitterのフォロワーさんに好評だったのはとても良い思い出です
おまけの解釈。白い薔薇→永遠の忠誠心。4本→私たちの愛を邪魔するものはない。マレウスがリリアの服を作ったときに胸ポケットにある花はおそらく2本。意味は「互いの愛」。白い薔薇は「純粋さ、無邪気さ、若さ」も花言葉なのでマレウスがリリアの服を作ったときに贈ったのはこちらの意味に引っ張られて無意識に白薔薇になったという解釈をしました
タイトルはKOKIAさんの楽曲。アルトネリコⅢの挿入歌です。この話を書くとき、この曲しかないと思いました